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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第2章

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”変化”

【登場人物】

グレゴリウス…南の隣国オルカからの使者。失踪した人間だという情報が入っているが…?

王宮西棟。第四王子ルカの執務室には、陽光が柔らかく差し込んでいた。壁際には書架が並び、机上には整理された文書が所狭しと置かれている。


その室内に、今は四人の姿があった。


ルカは窓際の椅子に腰掛け、湯気の立つ茶器を前に落ち着いた様子で座っている。その隣、いつものように控えているフーリェンの目は、第一王子アルフォンスと兄ジンリェンの姿を写していた。


「兄上、ジンリェン。会議の後だというのにお呼びして申し訳ありません」

「構わない。フーリェンの件だろう?」


アルフォンスは視線をフーリェンへと滑らせる。その横で、ジンリェンは無言のまま眉一つ動かさず三人を見つめていた。


ルカは穏やかに頷くと、背後に立つフーリェンの方へとくるりと向き直った。


「フー、君の“変化”の能力について……今一度、明確にしておきたい。私たちだけの理解では不十分だからね」

「はい。説明いたします」


こくりと頷いた彼のその声には、癖のない静けさがあった。まるで自分のことではないように、淡々と自身の能力について共有をしていく。


「僕の能力は、視認した対象の身体的特徴――姿かたち、筋肉の配置、毛の流れ、声帯の動き――を模倣し、自身の肉体に反映させるものです」


アルフォンスが頷いた。


「姿形だけ、だな。つまり、見ただけでは能力そのものの再現は不可能。あってるな?」

「……はい」


そこでフーリェンの目が彼の隣へ――兄ジンリェンの方へと動いた。


「……ただし、対象の体組織を取り込んだ場合、限られた時間のみ、その能力を模倣することも可能です。……といっても、対象の能力を知っていなければ不可能ですが……」

「取り込むのは、血肉、体液、体毛……何でもいいんだな?」

「はい。通常は即座に取り込んで発動させる必要があります。取り込む量にもよりますが……能力を行使できるのはせいぜい五分程度です。消耗が激しい分、実践ではそう簡単に使えるものではありません」


ですが……と、含みのある言い方でフーリェンは言葉を続けた。


「兄に対しては、……例外です」


その言葉に、ルカとアルフォンスが揃ってジンリェンを見やる。


「兄の血液は、ほんの一滴であっても……能力の模倣ができます。火力や精度は兄のそれには及びませんが、効果時間も多少は伸びます」

「それは、双子としての血のつながりの問題?」

「……おそらく」

「実際見ていただいた方が、分かりやすいのでは?」


ジンリェンはそう言って、左手の指先をナイフで軽く切った。滲む赤を弟へと差し出す。フーリェンは迷いなくその血を舌ですくいあげると、一度目を閉じ、神経を集中させた。直後、彼の掌に小さな火が灯った。


「……なるほどな」


その様子を腕を組んでみていたアルフォンスは深く頷くと、軽く手を振って火を消している弟狐へとその銅色の瞳を向けた。


「お前の能力は、……恐らく南が狙っている。分かっているな」

「……理解しています。僕を素材として見る者も、利用しようとする者も、いるのでしょう」


ルカはフーリェンの頭にそっと手を置いた。


「フー……フーリェン、心配しないで。我が国の未来のために、そして何より、君自身のために、私たちはこの問題に立ち向かうよ」


その言葉にフーリェンは小さく瞬きをした。長い沈黙のあと、ゆっくりと頷く。


「……はい」


唇がかすかに揺れる。けれどその瞳には、確かに主への「信頼」の念と王国を守るという兵士としての「決意」が宿っていた。



――――

王国南部の国境沿いでは、怪しげに熱を灯す街灯があたりを照らしていた。迎賓館に逗留していた使者――グレゴリウスは、夜半近くにこっそりと宿を抜け出していた。


重厚なマントを羽織り、顔の半分を覆う仮面。周囲の目を欺く程度の変装ながら、彼の動きには癖がない。裏道を選び、誰ともすれ違わず、短く記憶された地図の通りに歩を進める。


やがて辿り着いたのは国境からやや外れた場所に位置する私設の情報屋。名を持たぬ老いた男は、グレゴリウスの顔を見ると無言で中に招き入れた。そのまま男は奥の棚から古びた記録の断片を引き出す。紙の端はすでに風化し、字も滲んでいる。


「出自は……“東の境界地区”。かつて大規模な奴隷市が存在した『第七隔離区域』だ。そこで育った。だが約十二年前、王国軍によって大規模な掃討戦があった後、双子の兄共々王宮へと連れ帰られている。王命で訓練を受け……現在の護衛職に就いたようだな」


記録を指先で謎っていたグレゴリウスの眉がわずかに動く。


「……なるほど。純血の獣人でありながら、身元が記録されていない漂白者なわけか。しかしそうか……東の出か……」


男は肩をすくめた。


「正確には、“出自が不明”というより、“本人たちも知らない”んだろうな。出生記録は破棄されていたし、奴隷として生きている時点で名前すらない。今の名は、第四王子が与えた名だ」


グレゴリウスは思考に沈むように黙った。蝋燭の火が揺れ、影が深くなる。


パズルのピースがはまるように、彼は薄気味悪くニヤリと笑みを浮かべる。そんな彼をしり目に、男は引き出しの奥からもう一枚の紙を取り出した。そこには何通かの目撃談と推測を繋ぎ合わせた報告が綴られていた。


「能力持ちの獣人の多い戦場において最前線で戦えるのも、あんたの言う、変化の能力の賜物ってわけだ。その隊長さんは“姿かたち”を戦闘用に微細に変化させる――例えば衣服の下の膝、肩、腕の筋肉や骨格を、敵に最適化された何かの姿に“置き換える”。目に見える変化をしないから、本人は能力を隠したまま勝ちを拾っていくことができるわけだ」

「……こちらの技術と近いな。だが、我らの“異形”とは性質が違う。外から何かを取り込むのではない。内から引き出している。能力によって己を再構築しているということか」

「オルカが異形の制御に成功し始めたのはここ数か月の話だったな」


グレゴリウスは鼻で笑った。


「我らは模倣ではない。必要なのは、安定した《成功例》だ。それがあの国にはある」


グレゴリウスは小さな袋を取り出すと、目の前の男へと放った。中身には精緻な金貨が数枚入っている。


「これで奴の情報をさらに引き出してくれ。どんな手でも構わん。声、言葉の癖、仕草、戦場での動き――何でもいい。奴の“中身”を知りたい」


男は眉をひそめる。


「……随分と危ない橋を渡るつもりだな。王国は敵意を向けた時点で動くぞ」

「我々はすでに情報の一片を得ている。有益な情報は、与えられる前に奪うものだ」


グレゴリウスは立ち上がる。マントの端が静かに翻り、椅子の角を掠めた。


「……オルカはすでに、人工異形の研究の完成が見えている。だがまだ不安定だ。肝心なのは、変化を自分で選び、制御し、必要とあらば元に戻ることのできる兵器だ」


彼の言葉に、袋の中身を確認していた男の手が止まる。


「そのための素体が欲しい。その意思を、心を奪ってでも」

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