再偵察5
アルフォンスの言葉を最後に、重苦しい会議が終わりを告げる。尚も話し込む面々を置いて部屋を出たセオドアは、自身に付き従って背後に立つ狼男へとくるりと向き直った。
「シュアン」
背筋を伸ばして礼を取ろうとする彼をセオドアは片手で制する。
「形式はいい。顔が見られて安心した。西から南まで、ご苦労だったな」
「はい。ご心配をおかけしました」
「無事ならいいさ。戦地では一面凍らせたと聞いた」
「………思ったよりも数が多かったので、その方が手っ取り早いなと思って」
セオドアは小さく笑う。
「お前らしい、合理的な判断だ。……南の空気はどうだった? 目に見えるものではなく、肌で感じた“空気”だ」
その問いかけに、シュアンランは静かに視線を落とした。
「濁っていました」
「濁っていた?」
「人も、風も、獣も……全てが。うまく言えませんが、何かを隠しているような、そんな感じでした」
「……そうか」
そう言って眉を寄せる狼男へと頷くと、セオドアは深く息を吐いた。
「俺も、報告で聞いたあの使者の物腰には違和感を持った」
「ええ。あの男の目は、こちらの出方を探っていました」
「敵は既にこちら側にいると見て間違いないか」
「そう判断して差し支えないかと。南は、静かすぎます。不自然なほどに」
シュアンランの見解にセオドアは沈黙する。その横顔は美しく整っていたが、瞳の奥には研ぎ澄まされた冷たい光が宿っていた。
「やつらの目的は、フーリェンの能力だろうな」
「はい」
「彼の能力は、ただの模倣ではない。異形を持ち帰った時点で敵はそれを確認した。なら、次に来るのは『捕獲』だ。あるいは『無力化』」
「そのどちらも、我々にとって最悪の結果です」
「だからこそ、お前に訊きたかった」
セオドアはそこで言葉を切り、自身をじっと見つめる赤と目を合わせた。
「お前はもし”彼”が――“彼女”が、自らを失うような状況に陥ったとしたら、その時どうする?」
一瞬の沈黙。シュアンランの瞳がわずかに揺れた。しかし紡がれた答えに迷いは無かった。
「そうなる前に取り戻します」
分かりきっていた言葉に、セオドアの口角が上がる。
「まあ、お前はそう言うと思っていた。それに――」
彼はそのまま狼男へとニヤリと挑発的な笑みを浮かべた。
「その役目はお前ではなくジンリェンだろうからな」
「そんなこと仰っても、俺は動揺しませんからね」
「そうか、それは残念だな」
そう言いながらセオドアはちらりとシュアンランの尾に視線を向けた。本人は隠しているつもりのようではあるが、その尾はピンと張って落ち着きがない。その様子を心の中で笑いながら、彼は歩き出す。
そのまま執務室へと戻った二人は、早速とばかりに机上に地図と報告書を広げた。
「——オルカではすでに、複数の異形が戦力として運用されようとしているわけか」
「最悪なことに、実用段階にまできていそうではありましたね」
どうしたものかと額に手をあてる狼男へと、セオドアは手にしていた報告書の一枚を手渡す。
「リヴェラが裏で異形化技術に協力していた形跡をフーリェンが持ち帰ってきた。表向き両国に動きはないが、協力関係にあるのは間違いないだろうな」
「リヴェラ……医療技術の分野に秀でたあの国がどうして」
苦々しくに呟くシュアンランが考え込むように視線を机上の資料たちへと落とす。
セオドアはそんな彼の様子に同意するように「なぜだろうな」と返しながら、地図中央に描かれたフェルディナの東側——第七隔離区域』と記された場所へと指を滑らせた。
「東側もきな臭いからな。国内から情報が漏れるとしたらここが一番怪しい。今回は俺も動く。ついてこい、シュアンラン」
彼の声に迷いはなかった。そんな主人の言葉に、シュアンランは静かに頷く。
「承知しております。……ただ、僭越ながらひとつ懸念を」
「言え」
「先程の会議でも上がった、王都に潜伏している可能性のある南の密偵。もしそれが事実であるなら、警戒すべきは王宮なのでは?」
ぴたりと手が止まり、その視線が地図から離れる。
「可能性としては否定できない。だが仮に内に紛れていたとしても……俺たちは一枚岩ではないんだ。誰かが必ず、尻尾を掴む」
軽く笑みを浮かべた主の姿に、シュアンランは小さく目を伏せた。そして改めて膝を折り、彼は頭を垂れる。
「ご命令を。何処へでもお供いたします」
「あぁ、頼む」
セオドアは書類を一つにまとめながら、従者へと命じる。
「五日後に出立する。偽装の準備を整えておけ」
「御意」
王子の命を胸に狼男は音もなく立ち上がると、静かに部屋を後にした。




