再偵察
薄曇りの空が重く垂れこめている。
王宮の一角、重厚な扉の奥。四人の王子が並ぶ円卓の会議室の中央で、セオドアは差し出された封書を手に本題に切り込んだ。
「南の独立国家オルカより、『和平の意志』を示す使者が入国の許可を求めてきた。そこまでは良かったが……その使者とやらは、こちらが把握していた失踪者の一人だった」
「まぁ、偶然ではないだろうな」
弟の言葉を引き継いだアルフォンスのため息とともに、場に沈黙が落ちる。
どうしたものかと王子たちが頭を悩ませていれば、その重苦しい空気を破るようにコンコンと扉を叩く音が響いた。カチャリとドアノブが回り、タイミング良く扉の奥から双子の白狐が姿を見せる。
「ジンリェン、フーリェン、ただいま参上しました」
兄と共に入室してきたその姿には、すでに王宮内の噂となっている異形の残滓はない。
「お呼びでしょうか、殿下」
静かに兄たちの話を聞いていたルカは、じっと自身を見つめるフーリェンへと視線を向けた。一瞬その瞳の奥に迷いを宿すも、彼はすぐに従者へと微笑みかける。
「フー、体調は戻った?」
「問題ありません。任務にはすぐに戻れます」
淡々とそう答えながら歩み寄ってくる彼へと、ルカは一枚の報告書を手渡した。
「まだ体調が完全に戻っていないのは承知の上なのだけれど……もう一度南方での任務を任せたい。今度は使者の真意を確かめる役目だ」
「今回はペアで任務に当たれ」
「ペアですか?」
「あぁ、先に南へ移した。準備が出来次第お前もすぐに向かえ」
隣から割って入るセオドアの言葉にフーリェンは「はい」と短く答えると、アルフォンスの背後に回った兄へと軽く目くばせをし、先にその場を後にした。
扉が閉まる。彼の足音が聞こえなくなったのを見計らい、じっと座していたユリウスは静かに口を開いた。
「兄上、使者の背後にオルカ軍がついていないと、なぜ言い切れるのですか?」
その問いかけに、アルフォンスは小さく首を振る。
「言い切れないさ。だが、だからこそ内部の視点が要る。先に地を踏ませて、裏を探る者が必要だ」
その言葉に応じるように、ルカが手にしていた紙の束から一枚の書状を取り出した。そこには、南側の動向とともにひとりの名が記されている。
「同行者にはシュアンランを指名した。よく知った仲だからな。うまくやれるだろう」
同意を求めるように背後に立つ白狐へと視線を投げる長兄に、ルカとユリウスは揃ってくすりと笑った。
そんな弟たちを横目に、セオドアはふん、と鼻を鳴らす。
「しばらく動かしていなかったからな。それに、俺の護衛は優秀だ」
――――
王宮が徐々に緊張へと傾く中、フーリェンは部屋を出た。白を基調とした隊服の上には厚い外套。背には小さな革袋を背負っている。
南門から出発し、徒歩で目的地へと向かう。獣人の足で片道一日半。一晩を道中にある小さな村で過ごし、翌朝には何も無い荒野を抜け、目的地の砦へと向かう。
日が沈みきった夜。彼は石造りの建物の前に立っていた。手にした革袋を静かに足元へと置くと同時に、夜霧の中からゆっくりと一人の男が現れる。気配は獣じみていて、どこか懐かしい。
「フーリェン」
その低く落ち着いた声に振り返ると、そこには赤い目を持つ狼男——シュアンランが立っていた。灰銀の髪が風に揺れ、その目は柔らかく自身を見つめている。
「久しぶりだな。できれば任務外に会えたらもっと良かったけど」
再会のその言葉に、フーリェンは首を小さく振った。
「元気そうでよかった。まずは……例の使者が来る前に、動こう」
「あぁ、手筈通りにな」
シュアンランは小さく頷くと、隣に並んで歩き出す。そうして二人の足音だけが、夜の石畳に響いていった。




