表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王宮の獣護   作者: 夜夢子
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/339

束の間の日常2

王宮の中庭に西日が差しこみ始めた頃。医務室を後にしたフーリェンは回廊を歩いていた。


まだ起き切らない頭のままにぼんやりと足を動かしていれば、訓練場の入口に辿り着く。視界に映るのは、槍や剣を構えて鍛錬に励む兵士の姿。汗に濡れた背中、真剣な眼差し、鋭く交差する音。そのすべてが、自分にとっては“日常”で。だけど今は、どこか遠いもののように感じられた。


「……暖かいな」


ぽつりと、誰に向けるでもなく呟いたその声は風にかき消されるほど小さかった。

部屋に戻ってもやることはない。もう少しここで訓練の様子でも眺めていよう。そう思ってその場に腰を降ろそうとした矢先、背後から視線を感じた。

振り返ると、白狐がこちらへ向かって歩いてきている。


「この時間にここにいるとは……。医務室、逃げ出したか?」

「逃げてない。……さっきまで休んでた」

「ふぅん。体はもう大丈夫なのか?」


軽く眉を上げながらじっと見つめてくるジンリェンの言葉に、フーリェンは「うん」と短く答えると、視線を訓練場に戻した。


「槍の動きが、少し緩い。……あの後列の二人、息が合ってない」

「相変わらず、そういうところを見抜くのは早いな。お前」


ジンリェンが隣に立つ。しばらく二人で同じ景色を眺めた。やがて兵士の一人が大声で号令をかける。動きが揃い、槍が風を切る音が訓練場に満ちていく。


「……帰ってきたって実感が湧くの、こういう時かもな」


ぽつりと呟いた兄の言葉に、フーリェンは小さく頷いた。


「お前、痩せたか?」


ちらりと視線を寄越してきたジンリェンの言葉には、純粋な兄としての心配が滲んでいた。フーリェンは返事をせず、軽く肩をすくめて見せる。


「食えないのか?」

「……少し、食欲がないだけ」


風が吹く。訓練場の砂が巻き上がる。


「……お前のこと、俺は誇りに思ってる。だけど、誇りに思うってのは、別に壊れても構わないって意味じゃない。……ちゃんと、守りたいって思ってる」

「……ねぇ、兄さん」


彼がジンリェンのことをそう呼ぶことは少ない。


唐突に呼ばれたその役割に内心驚きつつも、兄狐は続く言葉を待った。


「僕は、……自分が何者なのか、分からなくなる時がある。見えるものに次々変わって、戻れなくて。今も、全部思い出せるわけじゃない」

「……ああ」

「けど、みんなが僕を『フーリェン』って呼ぶから……。ジンがいるから、今はその名前で立っていられる」


言葉はとても静かだった。しかしそれは強さでもあり、同時に脆さでもあった。


「お前が前を向くなら、俺は後ろを守る。それだけだ」

「……うん」


フーリェンの声は掠れていたが、その表情は安らかだった。だがそんな兄弟の時間を割くように、訓練場の入り口から兵士の一人が駆け込んでくる。


「ジンリェン隊長、フーリェン隊長! 至急会議室にお集まりくださいとのことです。南境の情勢に動きが!」


その言葉に双子は揃って背筋を伸ばす。


「……日常は、長く続かないものだね」


ぽつりとフーリェンが呟くと、ジンリェンはわずかに笑って応えた。


「だからこそ、こうして噛み締めるんだろ?」


束の間の日常も、すぐに終わりを告げる。


ふたりは揃って訓練場を後にすると、再び戦いの渦中へと歩を進めるのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
フーリェンの能力を強引に模しても、フーリェンの様には扱えない(心ある自己を保てない)のですね。もし展開通りなら相手国が獣人を兵器としてしか見ておらず、とても恐ろしいことだと思いました。 裏に何があるの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ