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王宮の獣護   作者: 夜夢子
第1章

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束の間の日常

【登場人物】

ナージュ…医務官。ヒューマンの女性。フーリェンが幼かった頃、専属医をしていた。

     シュアンランとユキの母。

ユキ…医務官。ナージュの娘、シュアンランの姉。

   弟とは正反対で、ヒューマンの血を色濃く継いでいる。現フーリェンの専属医。

数日前に訪れた時と変わらず、薬草の香りがほんのり漂う医務室。そっと扉を開けると、中にいた医務官が立ち上がるのが見えた。


「来たわね。さあ、座って。無理してないでしょうね?」


落ち着いた声音で椅子を進めるのは、医務官のナージュ。フーリェンは小さく頷くと、促されるまま用意された丸椅子へと腰を下ろした。


「大丈夫。意識ははっきりしてるよ」

「あんたの言う『大丈夫』って言葉ほどあてにならないものはないわよ」


そう言って笑いながら奥の棚から手帳を抱えて出てきたのは、同じく医務官のユキ。二人は第二王子の直属護衛シュアンランの母と姉であり、昔からフーリェンを担当している医務官である。


「ほんっと、フーってば無茶ばっかり。こっちは気が気じゃなかったんだから」

「……ごめん」

「あ、ごめんとかいらない。そういうの聞くと逆に心配になるから」


ユキはフーリェンの腕を軽く取った。袖を少しめくって、筋肉の張りや皮膚の状態を丁寧に触れて確認していく。


「ふーん……能力の影響は今のとこ残ってないみたいね。痛みとかは?」

「……少しだけ。だけど、耐えられるくらい」

「耐えられる、も聞き飽きたんだけどなー。たまには休みたいって言ってくれてもいいのに」


頬を膨らませてぼやきながらも、指先の動きは優しく、丁寧だった。


「そういえば、また変なとこケガして帰ってくるかと思って、包帯用意してたのよ。 そしたら今回は怪我なく帰ってくるんだもん、拍子抜け」

「期待に応えられなかったみたいだね」

「いやいや、それはそれでありがたいけどさ。あんたが帰ってきて早々に倒れたって、しかもなんか変な姿で帰ってきたって聞いたときは本当に心臓止まるかと思ったんだから。心配したのよ?」


その言葉通り眉を下げる彼女の表情を前に、しゅんと耳が垂れる。心配をかけたことに関しては何も言い訳ができない。


そんなフーリェンの背へと、ナージュはそっと手を添えた。


「ユキの言う通りよ。今回はちょっと頑張り過ぎね」

「……はい」


答えた声は、子供っぽく響く。


ユキは簡単な記録を書きながら、ふっと息をついた。


「シュアンもね、すごく心配していたわ。折角報告のために王都に帰ってきたと思ったら、フーがまたどこか行っちゃったって。次はいつまで会えないんだーってさ」


その言葉に、フーリェンはぱちくりと瞬きをした。


「すぐに、帰ってくるつもりだったよ」

「うん、知ってる。でも“すぐに”の基準がズレてるんだって。もうちょい自分を大事にしてほしいって、私としても思うわけ」


そう言ってユキは肩をすくめて笑った。


「まぁいいや。とりあえず今日はちゃんと寝て、ご飯食べて、ちょっとだけぼーっとして。それが仕事ね」

「……分かったよ」

「うん、それでよし。さ、少し横になっていきな。あたしがちゃんと見てるからさ」


フーリェンは小さく頷くと、促されるままに柔らかな寝椅子へと身を預けた。温かな毛布を掛けてくれるユキと、それを見守るナージュの気配――安心とは、こういうことなのだろう。家族の輪の中にいるような感覚。口元が、ほんの僅かに緩んだ。


医務室には穏やかな静けさが戻っていた。深く眠りに落ちた白狐は、すうすうと寝息を立てている。呼吸に合わせて小さく上下する毛布を見つめながら、ユキは彼のそばに腰を下ろし、前髪をそっと払いながら小さく呟いた。


「……なんでこの子は、いつもこんなに痛そうなんだろ」


ナージュは近くの椅子に座り直し、目を細める。


「きっとね、『守る』ということに、必要以上に重きを置いているのね」

「やめてほしいな、そういうの。ほんとに、壊れちゃうよ。私、フーの顔見られなくなったら……嫌だもん」


珍しく弱音を漏らす娘に、ナージュは柔らかな笑みを浮かべた。


「だってさ、ほっとけないじゃん。綺麗で、静かで、強くて。……でも不器用で。それでいて、自分のこと全然大事にしないなんてさ」


ふと思い出したように、ユキは視線をフーリェンから母へと向けた。


「そういえば……あいつ、また手紙書いてたでしょ?」


ナージュは軽く頷いた。


「あの子もね、不器用なところが似ているわ。素直になりきれないくせに、いつもこの子のことばかり考えてる」

「ね。分かりやすいくらい顔に出てるよね。普段あんな仏頂面のくせに、フーのことになると目が優しくなるんだもん」


もぞもぞと、寝返りを打つ音が聞こえる。眩しそうに毛布の中へと潜っていくフーリェンの姿にふっと笑いながら、ユキはランプの明かりを少しだけ落とした。


「……おやすみ、フー。ゆっくり休むのよ」


こうして昼下がりの医務室は、ひとときの安らぎに包まれていたのだった。


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