報告
【登場人物】
ユリウス…フェルディナ王国第三王子。ランシーの主。
セオドア…フェルディナ王国第二王子。シュアンランの主。
ランプの灯りが、円い会議卓を静かに照らしていた。
机上には国境周辺の地図とフーリェンが持ち帰った断片的な情報――焦げついた布切れや羊皮紙、破損した器具の一部が並べられている。
「……『異形化した人間』を戦力として造る。口にすれば荒唐無稽に聞こえるが、フーリェンの能力を知っている我々なら、逆に納得できる部分もあるだろう」
「何より彼の能力と共通する部分が多いな」
「姿形……それも、直接身体の構造を変える能力を持つ能力持ちは、近辺の国を含めてもフー以外に確認されていませんしね……」
アルフォンスは一度深く息をつくと、目の前に置かれた"断片的な情報"たちへと視線を向けた。
「フーリェンの持ち帰った情報を見るに……対象の精神を奪い、肉体を変異させて強さを得る試みをしていたと見ていいだろうな」
その警戒の混ざった声音に、第三王子であるユリウスが弱弱しく言葉を継いだ。
「それが、“自在に姿を変える能力持ち”をベースにしたものだったら……? 例えば……フーリェンのような存在を。隣国が情報を得て、似た者を作ろうとした可能性は?」
「姿や力の模倣。元は見たものを自分に写すという天賦の才だったはずだ。だがもし、その異形とやらが既に動いているのだとしたら……これはもう、兵器だ」
その言葉にピクリと耳を揺らしたのは、ジンリェンだった。
「フーは……フーリェンは、戦場では陽動や後方支援に回ることが多いです。こう言ってはあれですが、そこまで目立つ役ではありません」
それに、と彼は一拍を置いた後に続けた。
「能力は使っていますが、それは腕や足——つまり衣服で隠れる範囲の補助的なものです。だからこそ、隣国にその情報が漏れるとは考えにくいかと……」
兄ジンリェンの供述通り、フーリェンは軍を率いる立場でありながら、他三名の直属護衛と比べて前線に立つことは少ない。
また王国軍の中でも、彼の能力の詳細を把握しているのは中堅兵士以上の長く軍に従事する者たちに限る。
王宮内で能力を使う場面は無いに等しい。
つまるところ、フーリェン自身が能力の開示をしない限り、新兵や入軍から日の浅い兵士たちは彼の能力の本質を知る術がないのである。
補足するように言葉を繋いだルカへと頷くと、アルフォンスは背後に立つ白狐と目を合わせた。
「ジン、お前たちは第七地区出身だな。境界の曖昧な地下の交易……その経路なら、どうだ?」
「確かにそれなら……情報が漏れていたとしても、不思議ではないですね」
「異形を造ると言っても、制御が効かなきゃ意味ありません。……フーリェンは、力を返す場所を分かっています。ですが、もしそれを知らない模造品が大量に造られているとするならそれは……ただの獣ですよ」
唸るように呟いたランシーの言葉が重く響く。
「感情も、忠誠も、意志すらない。命じられた方向へ牙を向くだけの兵器だ。それがこの先、本格的に動き出すのだとしたら――」
「いずれ戦になる」
ぽつりと呟いたのは第二王子のセオドアだった。彼は手にしていた報告書の一枚を卓上に放ると、顎に手を添えながら唸るように続けた。
「洗脳に異形化。単体でも十分脅威だが、オルカは『軍事利用』の段階に入りつつある。そしてその“元”になった存在が、こちら側にいる――」
「あの子が目覚めたら、すぐに状況を確認しましょう。彼が何を見て、何を感じて帰ってきたか……それこそが、この国の未来を左右する鍵になります」
ルカの発言を皮切りに、会議室には再び静寂が訪れたのだった。
――――
薄闇が空を覆っている。重たかった瞼がようやく開き、フーリェンはゆっくりと天井を見上げた。
寝台の上。柔らかな毛布に包まれて、彼はそのまま動けずにいた。久しぶりにしっかりと能力を使った身体はまだ痺れている。
寝台の傍らに置かれた椅子には、誰かが座っていたらしい痕跡。あたたかく残る毛布のたるみが、誰かが夜通し看病してくれていたことを物語っていた。
(ありがとう)
ひとりごとのように、心の中で感謝を零す。そのままもう一度目を瞑りたいところではあるが、休んでいるわけにはいかない。
「……ルカ様に、報告しないと」
ぽつりと、誰にも届かない声が寝台の上で漏れた。
そして数時間後。
顔色は完全に戻らぬまま、フーリェンは控えめな足取りで執務室へと姿を見せた。
「フー、もう少し休んでいたほうがいいよ」
「問題ありません。……報告を」
立ち上がりかけたルカにフーリェンは静かに首を振った。声は掠れていたがその姿は毅然としている。
「無理はしないでね。だけど、……君の見たものを聞かせてくれ」
「はい」
フーリェンはひとつ深く息を吸った。
「南境、隣国領内の村にて、身体を造り変えられたと思われる獣人を確認。対象は複数。また、消えた村人たちの一部が被検体となった可能性が高いことが分かりました」
その言葉に、一同の顔が強張る。
「現地にて、異形と化した獣人一名と交戦。……排除。その際、相手の一部特性を“模倣”し、持ち帰りました」
ルカの眉がわずかに動いた。
「君の……あの身体は、その個体を……?」
フーリェンは頷く。
「はい。複数の獣人の特徴を合わせ持つ者でした。捕獲困難と判断し、持ち帰ることを優先しました」
「フーリェン、その力はお前のものと同一か?」
「分かりません。ただ……“同質”である、という感覚は確かにありました」
誰もがその言葉の意味を咀嚼し、押し黙る。重苦しい空気の中に再び静寂が満ちていく。
それでもフーリェンは顔を上げて続けた。
「この件、早急な調査と対処が必要です。……必要であれば、僕が戻ります」
「……分かった。だけど、まずは身体を癒して。君が倒れては本末転倒だ」
「はい」
そう短く返事をした彼の琥珀色の瞳は、この国の王子たちを静かに見据えていた。




