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王宮の獣護  作者: 夜夢子
第2章
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再偵察

薄曇りの空が、王都の空に重く垂れこめていた。王宮の一角、重厚な扉の奥。4人の王子が並ぶ円卓の会議室には、冷たい緊張が満ちている。その中央で、セオドアが差し出された封書を手に、本題に切り込んだ。


「……南の独立国家オルカより、“和平の意志”を示す使者が入国の許可を求めてきた。だが――」

「その使者は、こちらが把握していた“失踪者”の一人だ」

 

セオドアの言葉にアルフォンスが続け、場に重い沈黙が落ちる。


「…異形化の兆候があるか」


セオドアの声は低く、鋭い。アルフォンスは黙って頷き、手元の報告書に視線を落とす。


「国境沿いで目撃された彼は、すでに元の姿とは異なる身体的特徴を有していたとの報告だ。外見は人のままだが、力の制御に異常があるらしい」

「獣人の力を操作する薬物、あるいは―」


その時、扉が叩かれる音が会議室に響く。


「ジンリェン、フーリェン、ただいま参上しました」


兄ジンリェンと共に入室してきたその姿は、すでに王宮内の静かな噂となっていた異形の残滓もなく、常の無表情と整った身なりに戻っていた。が、目の奥に残る微かな影が、確かに彼の体験を物語っている。


「お呼びでしょうか、殿下」


ルカは一瞬だけフーリェンの顔を見つめ、その眉の奥に迷いを宿したが、すぐに微笑を戻す。


「フー、体調は戻った?」

「問題ありません。任務にはすぐに戻れます」


ルカは一冊の報告書をフーリェンへ手渡した。


「まだ体調が完全に戻っていないのは承知の上なのだけれど…、南方へ再び偵察を任せたい。今度は使者の真意を確かめる役目だ」

「今回は単独行動ではなく、ペアで任務に当たれ」

「ペア、ですか?」

「あぁ、先に南へ移した。準備が出来次第、お前もすぐに向かえ」




――――

任を受け、フーリェンは静かに装備を整えていた。手元にあるのは、手馴れた槍ではなく、携行用の短剣と小型の偽装具。今回の任務は潜入と観察が主となる。表向きには南のオルカからの使者を迎える準備がなされていたが、裏ではその使者の真意を探るべく、王宮は極秘の動きを開始していた。


「兄上、使者の背後にオルカ軍がついていないと、なぜ言い切れるのですか?」


ユリウスが静かに問いかける。


「言い切れないさ」

「だからこそ、内部の視点が要る。先に地を踏ませて、影を探る者が必要だ」


その言葉に応じるように、ルカが書状の束から一枚を取り出す。そこには、南側の動向とともに、ひとりの名が記されていた。


「同行者には、シュアンを指定した。既に南の砦に待機している。よく知った仲だ。うまくやれるだろ」

「そうですね」


少しだけ微笑んだルカに、セオドアはふん、と鼻を鳴らす。


「しばらく動かしていなかったからな。それに、俺の護衛は優秀だ」




――――

王宮の空気が徐々に緊張へと傾く中、フーリェンは部屋を出た。白を基調とした隊服の上には厚い外套、背には小さな革袋。必要最低限の変装、そして小さく折りたたんだ地図。歩みは静かでも、目には迷いはなかった。


南門から出発し、徒歩で目的地へと向かう。獣人の足で片道一日半。一晩を道中にある小さな村で過ごし、翌朝には何も無い荒野を抜け、目的地の砦へと向かう。


日が沈みきった夜、フーリェンは荒野の中に立つ石造りの建物の前に立っていた。手にした布袋を静かに足元へと置くと、夜霧の中からゆっくりと一人の男が現れる。気配は獣じみており、どこか懐かしい。


「フー」


その低く落ち着いた声に振り返ると、そこには赤い目をした狼男、シュアンランが立っていた。灰銀の髪が風に揺れ、その目は柔らかく自分を見つめる。


「久しぶりだな。できれば任務外に会えたらもっと良かったけどな」


フーリェンは首を小さく振った。


「……元気そうでよかった。あとは……例の使者が来る前に、動こう」

「あぁ、手筈通りにな」


シュアンランは小さく頷くと、隣に並んで歩き出す。二人の足音だけが、夜の石畳に響いていた。

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