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王宮の獣護  作者: 夜夢子
第2章
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いつものように、薬草の香りがほんのり漂う医務室。そっと扉を開けると、中にいた医務官がすぐに立ち上がるのが見えた。


「来たわね。……さあ、座って。無理してないでしょうね?」


落ち着いた声音で椅子を進めるのは、医務官のナージュ。フーリェンは小さくうなずくと、促されるまま用意された丸椅子へと腰を下ろした。


「大丈夫。…疲れはあるけど、意識ははっきりしてる」

「“大丈夫”って言葉ほどあてにならないものはないわよ」


そう言って笑いながら奥の棚から手帳を抱えて出てきたのは、同じく医務官のユキ。二人は見た目は人間だが、第ニ王子直属護衛のシュアンランの母と姉であり、昔からフーリェンを担当している医務官と、その娘である。


「ほんっと、フーってば無茶ばっかり。こっちは気が気じゃなかったんだから」

「………ごめん」

「あ、ごめんとかいらない。そういうの聞くと逆に心配になるから」


そう言いながら、ユキはフーリェンの腕を軽く取った。袖を少しめくって、筋肉の張りや皮膚の状態を丁寧に触れて確認していく。


「ふーん……能力の影響は、今のとこ残ってないみたいね。痛みとかは?」

「…少しだけ。だけど、耐えられるくらい」

「“耐えられる”、も聞き飽きたんだけどなー。たまには“休みたい”って言ってくれてもいいのに」


頬を膨らませてぼやきながらも、指先の動きは優しく、丁寧だった。


「そういえば、また変なとこケガして帰ってくるかと思って、包帯用意してたんだからね? そしたら今回は怪我なく帰ってくるんだもん、拍子抜け」

「……期待に応えられなかったみたいだね」

「いやいや、それはそれでありがたいけどさ。あんたが帰ってきて早々に倒れたって、しかもなんか変な姿で帰ってきたって聞いたときは本当に心臓止まるかと思ったんだから。心配したのよ?」


その言葉に、フーリェンは少しだけ目を伏せる。心配をかけたことに関しては、何も言い訳ができない。そんなフーリェンの背に、ナージュはそっと手を添える。


「ユキの言う通りよ。今回はちょっと頑張り過ぎね」

「…はい」


そう答えた声は、少しだけ子供っぽく響いた。

ユキは簡単な記録を書きながら、ふっと息をつく。


「シュアンもね、すごく心配していたわ。折角王都に帰ってきたと思ったら、フーがまたどこか行っちゃったって。次はいつまで会えないんだーってさ」


その言葉に、フーリェンはわずかにまばたきした。


「……すぐに、帰ってくるつもりだったよ」

「うん、知ってる。でも“すぐに”の基準がズレてるんだって。もうちょい自分を大事にしてほしいって、私としても思うわけ」


そう言って、ユキは肩をすくめて笑う。


「まぁいいや。とりあえず今日は、ちゃんと眠って、ご飯食べて、ちょっとだけぼーっとして。それが仕事ね」

「……分かったよ」

「うん、それで良し。さ、少し横になっていきな。あたしがちゃんと見てるからさ」


その言葉に、フーリェンは小さくうなずき、促されるままに柔らかな寝椅子へと身を預けた。温かな毛布を掛けてくれるユキと、それを見守るナージュの気配――安心とは、こういうことなのだろう。どこか、家族の中にいるような感覚。目を閉じたフーリェンの口元が、ほんのわずかに緩んだ。


医務室には、いつしか穏やかな静けさが戻っていた。深く眠りに落ちた白狐は、毛布の中ですうすうと寝息を立てている。呼吸に合わせて小さく上下する毛布を見つめながら、ユキは彼のそばに腰を下ろし、前髪をそっと払いながら小さくつぶやいた。


「……なんでこの子は、いつもこんなに痛そうなんだろ」


ナージュは近くの椅子に座り直し、目を細めた。


「きっとね、“守る”ということに、必要以上に重きを置いているのね」

「やめてほしいな、そういうの。――ほんとに、壊れちゃうよ。私、フーの顔見られなくなったら……嫌だもん」


珍しく弱音を漏らす娘に、ナージュは柔らかな笑みを浮かべた。


「だってさ、ほっとけないじゃん。綺麗で、静かで、強くて、…でも不器用で…。それでいて、自分のこと全然大事にしないなんてさ」


そして、ふと思い出したように、ユキは視線をフーリェンから外し、母へと向けた。


「そういえば、……あいつ、また手紙書いてたでしょ?」


ナージュは軽くうなずいた。


「あの子もね、不器用なところが似ているわ。素直になりきれないくせに、いつもこの子のことばかり考えてる」

「ね。わかりやすいくらい、顔に出てるよね。普段あんな仏頂面のくせに、フーのことになるとちょっと目がやさしくなるんだもん」


ユキはふっと笑って、毛布を少し整える。眩しそうに毛布の中へと潜っていくフーリェンの姿に、ランタンの明かりを少しだけ落とす。


「……おやすみ、フー。ゆっくり休むのよ」


昼下がりの医務室は、ひとときの安らぎに包まれていたのだった。

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