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英雄なき異世界で  作者: 夏冬春戸
第一章
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第五話 英雄のある歴史

 宿は小さくも暖かみのある内装で、人の良さそうな主人が出迎えてくれた。


「おかえり! お父さんは部屋で待ってるよ」


「どーもっ!」


 ペクティアはここの主人と顔見知りのようで、親しげに挨拶を交わす。そしてそのまま階段を駆け上がり手前の扉を躊躇なく開けた。


「お父様ーっ! 戻りました!」


「ああ、おかえりペクティア」


 木製のベッドの上に腰をかけたアクタルクスは、帳面から顔を上げ筆を止めた。こんな時間まで仕事をしていたらしい。見た目に似合わず真面目な人だ。


「アンタもおつかれ。また悪魔に遭遇したんだって? 災難だったな」

 

「はは……」


 話に聞く限りこの辺りでは滅多に出ないという存在と一日に二度も出くわしたのだ。運が良いのか悪いのか、本当に災難だ。


「カイトさんね、かっこよかったんですよ! リリスさんのこと庇ってねっ」


「へえ……怪我は、してないか。意外とタフなんだな、アンタ」


 感心しているらしい。


「食事ができたぞ」


 一階から声がかかる。アクタルクスは重たそうに腰を上げた。


「行こう。アンタの分も頼んでるよ」


★☆★☆★☆★


 宿の一階は小さな食堂になっていた。村の規模自体は小さくも、街道沿いということもあり普段は旅人や行商人が集まるらしい。今夜に限って客が少ないのだそうだ。


「アンタらの貸切だからくつろいでいってくれよ」


 他人と食卓を囲むのは久しぶりだった。

 机に食事が出される。なんらかの野菜のスープにパンとベーコンのような何か。


 見様見真似で何かしらの神に祈りを捧げ、料理を頬張る。野菜のどれもが食べたことがあるようでない味をしていた。ベーコンに至っては食感から何もかもが違っている。ただ、まずいわけではなくむしろ好きな味だ。


 独り部屋で義務的に食事を取っていた頃を思い出すと、食事の暖かさが身に染みてより美味しく感じる。


「どうだ? この村、いいところだろ」


 そう聞かれ、今日一日の出来事を思い返した。思えば今日一日で様々な出来事に出くわした気がする。引きこもっていた頃と比べるまでもなく中々に濃い一日だった。


「……はい。いい村ですね」


 特定の人物に思うところはある。だが、この宿の主人や聖女様のことを考えると悪いところばかりとは言えない。


 ——ここでなら、何も考えずに暮らせるのかもしれない。

 

 思いながらパンをスープに浸した。


 簡単に死なない身体だってことがわかった今でも、改めて冒険をする気にはなれない。傷の治りが早いからって、痛みがないわけじゃないのが惜しい。痛いのはどれだけ経験しても嫌いだ。

 

 それにしても、本当になぜこの身体はあそこまでの回復能力を手に入れてしまったのだろうか。これが異世界転移特典的なものなのか?

 変わったことが回復能力だけだとも言い切れない。自分の身体が自分のものではないような心地がした。


「カイトさん、聖女様と一緒に働こうって言われてましたねっ」


 ペクティアの言葉にアクタルクスは真剣な面差しをして、こちらに目を合わせた。


「どうするつもりなんだ?」


「それが悩んでるんですよね」


 おそらく、あれは宗教勧誘とほぼ同義だ。だとすればこの世界の宗教観について詳しくない内に決められることではない。ので、聞いてみることにした。


「その……宗教って他にもあるんですか?」


「そうだな、そりゃもう大量にあるぞ」


 なんと、この世界の宗教観はとんでもないらしい。宗教が乱立していること自体は日本と変わりないようにも思うが、無宗派は少ないのだそうだ。


「崇めておいて得な神を崇めてんだよ」


 彼ら神々にも実績の良し悪しがあるらしく、よりたくさんの人間を救ったものが信仰心を得るとかなんとか……。自分にない価値観を理解することほど難しいことは無いので、理解は後回しにした。

 

「この村は半分以上が女神ルミナスを信仰している。ただ、大陸全域で見ると今の主流はイクサだな」


 その名前が出た瞬間、黙々と食事をしていたペクティアが目を輝かせた。


「イクサはあの英雄ヘロウズを導いたとされるすごい神様なんですよ!」


 ペクティアは匙を置いて楽しそうに語り始める。どうやらこの大陸の歴史を語るうえで欠かせない重要な物語らしい。


 話がだいぶ長引いたので、なんとなくで聞いたことをまとめる。ことの発端は暦が生まれる以前から続く北部での戦争だという。


 魔族なんかの長寿とされる種族が指導者だった影響で、中々戦争が終わらなかったそうだ。その頃から「魔人アルマロス」という存在が北地の王として君臨し始め、北部のいたるところで人間狩りが行われるようになったらしい。


 それから大体二百年が過ぎた頃、長期に渡る戦争にようやく終止符が打たれた。

 アルマロスを打倒する英雄が誕生したのだ。


 色々と神話のような規模感の話をしているが、これがつい数百年前の話だという。異世界はスケールが半端じゃないな。


「ヘロウズはペクティアの憧れなんです!」


 そこまで語り終え満足したのか眠たそうにあくびをした。


「ペクティアはもう寝ちゃいます……」


「隣にもう一部屋借りてっから、そっちで一人で寝られるか?」


「わかりました! おやすみなさい、お父様」


 食堂に俺とアクタルクスだけが残る。お互いとっくに食べ終わっていたが、アクタルクスがエールを追加した。


「アンタも飲んで良いぞ」


 そう言いながらジョッキを傾けた。機嫌が良さそうに飲んでいる。

 ここではどうだか知らないが、俺は日本国内においてはれっきとした未成年だった。異国の地であれど飲酒は抵抗がある。


「すみません、飲めないんです」


 なるたけ丁寧に断ると、彼は残念そうに頷いた。


「俺達は早朝にはここを出る。行商を続けなきゃなんねえからな。……だから、まあ。聞きたいことがあるんなら今って話だ」


 そう言うと、彼は目を伏せた。指先はジョッキに置かれているが、持ち上げる気配はなかった。


「聞きたいこと、ですか」


 アクタルクスからの返事はない。静かに俺の言葉を待っていた。


 意図を測りかねる。なにを望まれているのか、何を言えばいいのかがわからないと動けない。こういう時に聞くべきことを探して、逃げ腰に言った。


「じゃあ、その……どうして、こんなに良くしてくれるんですか」


「最初に聞くのがそれかよ」


 彼はご機嫌に笑う。間違いではなかったようで安心した。


「そんなの、簡単だろ。アンタは娘を……ペクティアを傷つけなかったからな」


 その答えに、より一層疑問が深まる。なぜ、あんなにも純粋無垢な少女が人の目に怯えて暮らしているのか。

 疑問を晴らすには、彼らが隠していることに踏み込まないといけないのかもしれない。


 俺は意を決して、一度踏み込みかけた地雷へ自主的に歩みを進めた。


「ペクティアさんは、魔法が使えるんですか?」


 この言葉を口にした時、ペクティアは顔色を悪くしながらも何かを言おうとしていた。話してくれようとしていたのだ。その決意に向き合うなら、本人に聞くべきことだろう。俺は臆病者だ。


 何時間にも思える静寂。アクタルクスはゆっくり、時間をかけて口を開いた。


「あの子は魔法が使える。魔族なんだ」


「魔族……」


 と、いうと……リリスが話していた事を思い出す。角があるとかなんとか、そんな事を言っていた気がする。だが、それだけで差別に繋がっているとは考え辛い。


「その様子じゃあ魔族についても詳しく知らないんだろ?」


 素直に頷いたのを確認すると、彼は穏やかな口調で語り始めた。


「そうだな…………魔族は、魔力を操り魔法を扱うことができる種族なんだ」


 魔法を扱う以外は他の種族と変わらない。ただその魔法やら魔力やらが厄介で、その一点だけで人間よりも強く、戦争の影響もあり野蛮なイメージが付いてしまっているらしい。


 近づけば襲われる。近づけば化かされる。近づけばさらわれる。なんて、好き勝手言われているそうだ。


 あのときのペクティアの眼差しは、俺が魔族仲間かもしれないという期待だったのだ。


「どうだ、あの子への印象は変わったか?」


 そう聞かれ、一瞬考える。変わらなかったと言えば嘘になるが、それはあくまで良い方向へだ。何も知らなかった今までよりも、ペクティアの純真さ理解することができた。


「彼女は素直で優しいひとです」


 思った事をそのまま口に出す。嘘偽りなく、心配になるほどペクティアは素直だ。


「そうか……なら、よかった。これからもペクティアと仲良くしてやってくれよ」


「はい、もちろん」


 アクタルクスはエールを一気に飲み干すと立ち上がった。


「今日はもう休め。寝床使っていいからな」

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