第五十一話 炎のタイピングと神聖ヨーロッパ帝国の『オンプレミス十字軍』
「高度なセキュリティ機能を持つ仮想空間」であるクノッソス宮殿の入り口では、奇妙な光景が繰り広げられていた。無担保の瞬間借入攻撃を企てていた『♰闇男♰』と彼が率いるアウトローたちは、今や誰も自動化スクリプト(チート)を回していなかった。彼らは泥まみれになりながら仮想端末にすがりつき、自身の指と脳髄だけを頼りに、狂ったような速度でコードを打ち込み続けていたのである。
熱血防衛プログラム
『そうだッ! その例外処理美しいぞッ! お前のパッションがログから伝わってくる! 限界を超えろ! お前の本当のタイピング速度はそんなもんじゃないはずだぁぁぁッ!』
♰闇男♰
「うおおおおおッ! まだだ、まだ俺のメモリ(脳の処理領域)は空いている! キャッシュを捨てろ! 直感でポインタを回せええええッ!」
熱血防衛プログラムからの絶え間ない檄を浴び続け、♰闇男♰の褐色の肌には滝のような汗が流れていた。しかし、その瞳に宿っているのはハッカー特有の冷たい悪意ではない。純粋に「難解なパズル(システム)」に挑む、技術者としての限界突破(フロー状態)の輝きであった。
魔法使いマーリン
「た、太郎よ……。あの♰闇男♰という男、完全に毒気を抜かれておらんか? むしろ防衛プログラムと謎の絆まで構築し始めておるぞ……」
佐藤太郎
「ええ、優れたハッカーとは、本質的に『システムと対話することが大好きな連中』なんです。彼らにふさわしい強敵(難題)を与え、その情熱を正しくコンパイルしてやれば、最強のフルスタック・エンジニアに化ける……おっと、しかし『スポンサー』は面白くないようですね。」
ジッグラトの最上階に、突如として重苦しい警告音が鳴り響いた。透過ディスプレイに、暗号化された外部回線からの強制割り込み(インタラプト)が発生する。画面に映し出されたのは、豪奢な中世の甲冑を着込み、大量の物理ケーブルをマントのように引きずった青白い顔の男だった。
レガシー異端問問官
『……忌まわしきオープンソースの簒奪者よ。我々が投資したエージェントを、“健全な労働”などという異端の思想で洗脳するとは万死に値する。』
佐藤太郎
「おや、神聖ヨーロッパ帝国ホーリー・ヨーロッパの異端審問官殿ですか。自国のレガシーコードの保守運用(スパゲティの解きほぐし)は終わったんですか?」
レガシー異端問問官
『黙れ! 知識は特権階級によって独占され、中央集権の巨大サーバーで管理されてこそ美しいのだ! 貴様らのような無秩序な分散型金融(DeFi)の存在は、世界の秩序を乱すバグに他ならん! 行け、我らが誇る『オンプレミス十字軍』よ!』
通信が切れると同時に、ウルクの城壁の外に巨大な地響きが鳴り渡った。現れたのは、巨大な鉄の塊(物理サーバー)を積み上げて作られたような、鈍重で巨大なゴーレムの軍勢だった。彼らは「ウォーターフォール陣形」という、一度前進を始めたら絶対に仕様変更(方向転換)ができない、極めて硬直的だが圧倒的な質量を伴う軍事プロトコルを組んで進軍してくる。
魔法使いマーリン
「なんという数と質量じゃ! あれほどの巨大な鎧の塊に押し潰されれば、ウルクの防壁など一溜りもないぞ!」
佐藤太郎
「くくっ……あはははっ! 物理サーバー(オンプレミス)の力押しですか! クラウドネイティブなこの時代に、わざわざ重たいハードウェアを自分たちで担いで攻めてくるとは、神聖ヨーロッパ帝国の連中は本当に化石ですね!」
佐藤太郎は全く慌てることなく、余裕の笑みを浮かべてコンソールに手を置いた。
佐藤太郎
「マーリンさん、ITにおける現代の戦争(サイバー戦)がどういうものかお見せしましょう。ハードウェアの暴力には、実体を持たない『サーバーレス・アーキテクチャ』で対抗します。」
佐藤太郎が葦のペンで空中にコマンドを描き出す瞬間、ウルクの防壁の上空に、幾千幾万もの「名を持たぬ光の剣(無名関数・ラムダ)」が実体化した。それらは常駐する軍隊ではなく、イベント(敵の侵攻)をトリガーとして一瞬だけ実行され、処理が終われば即座に消え去る究極の効率化兵器である。
佐藤太郎
「彼らの重たい鎧(物理サーバー)の隙間を縫って、内部ロジックだけを直接焼き切れ! 実行!」
佐藤太郎の号令と共に、無数の光の剣が一斉に降り注いだ。オンプレミス十字軍のゴーレムたちは、その重装甲が全く意味を成さないことに気づき、システム内部から次々と論理エラーを起こして自壊していく。変更のきかない「ウォーターフォール陣形」は、実体のない光の剣の柔軟な並列処理の前には、ただの巨大な的でしかなかった。
佐藤太郎
「さて、時代遅れの中央集権サーバーどもに、新世界の流儀を叩き込んでやりましょうか!」
熱血防衛プログラムとの死闘(?)の末、ハッカーから熱きエンジニアへと覚醒しつつある『♰闇男♰』です。
一方、計画を潰されて激怒した神聖ヨーロッパ帝国は、物理的な質量を伴う『オンプレミス十字軍』を差し向けます。対抗する佐藤太郎は、最新の『サーバーレス・アーキテクチャ』を展開し、物理装甲を無視した非実体攻撃でこれを迎え撃ちます。旧時代のITインフラと新時代のクラウド技術の、文字通りの「仕様」を懸けた戦いが始まりました。




