第四十五話 ブロックチェーンのトリレンマと『60進法(セクサジェシマル)』の分割統治
分散型自律組織(DAO)によるガバナンスが始動して数日後ウルクの空は、住民たちの「提案」と「投票」を示す光の束で埋め尽くされていた。
しかし、その光景を見上げる魔法使いマーリンの顔は青ざめていた。それもそのはず、彼の視界の端々で、空を飛ぶ鳥が空中でカクつき、風に揺れる葉がコマ送りのように「処理落ち」を起こしていたからだ。
魔法使いマーリン
「た、太郎! 世界の時間がひどく遅延しておるぞ! 私が杖を振ってから魔法が発動するまで、数秒のタイムラグがある!」
佐藤太郎
「『スケーラビリティ問題(拡張性の限界)』ですね。35億人の全ユーザーが、些細な魔法のルールからインフラ整備まで、すべてをメインのブロックチェーン(世界の地脈)上で合意形成(投票)しようとしている。結果、ネットワークが渋滞(ガス代の高騰)を起こし、世界の演算処理(FPS)が低下しているんです。」
佐藤太郎はジッグラトの最上階で、真っ赤に染まったエラーログを眺めながらコーヒーを啜った。
佐藤太郎
「分散化(誰でも参加できる)と、セキュリティ(改ざん不能)だ。この二つを極限まで高めた結果、スケーラビリティ(処理速度)が犠牲になる。これがIT業界を悩ませる『ブロックチェーンのトリレンマ』です……まあ、予想通りのバグですね。」
魔法使いマーリン
「予想通りだと!? ならば早く解決せんか! このままでは世界がフリーズして終わるぞ!」
佐藤太郎
「簡単なことです。メインの地脈(レイヤー1)で全ての投票を処理するから重いなら世界を細かい『区画』に分割し、一部の処理をオフチェーン(レイヤー2)で並列処理させればいい……そのための『魔法の数字』を、俺はすでに前のコード(第四十四話)で宣言済みです。」
佐藤太郎は葦のペンを構え、虚空に力強く楔形文字を刻み込んだ。
佐藤太郎
「古代シュメール人が発明し、現代の『時間』や『角度』の概念として今なお世界を支配している最強のプロトコル……『60進法』による分割統治を実行します!」
魔法使いマーリン
「60……? なぜ10や100ではなく、中途半端な60なのじゃ?」
佐藤太郎
「マーリンさん、10進法は『3』や『4』で割ろうとすると、無限小数(0.333...)が発生します。プログラミングにおいて、この浮動小数点誤差は『魔力の塵』となり、システムを致命的にバグらせる。しかし『60』は違う。」
佐藤太郎が葦のペンを一閃すると、ウルクの空を覆っていた莫大な光のトランザクションが、美しく幾何学的な「分数」のブロックへと整頓され始めた。
佐藤太郎
「60は、1、2、3、4、5、6、10、12、15、20、30で割り切れる『高度合成数』です。つまり、多様なユーザーの派閥(DAO)を、一切の計算誤差(端数)を出すことなく、最も柔軟にグループ分けできる究極の数字なんです……古代の書記官たちは、この計算の美しさを知っていたからこそ、複雑な経済取引を『60』で管理した。」
綺麗に分割された60のデータブロック(サブDAO)。しかし、これを並列で処理し、メインチェーンに統合するための「強力な管理者」がもう一人必要だった。
佐藤太郎
「土木作業はアマイモンに任せましたが、議会の運営(トランザクションの捌き)には、より知的なバックグラウンド処理が必要です……コンソールを起動し冥府の元老院議長にして、地獄の大法官の卓越した官僚システム(処理能力)をこのウルクにマージせよ!」
佐藤太郎が強烈な管理者権限(sudo)を実行すると、空間が割れ、孔雀の羽根飾りと燃え盛る衣を纏った壮麗な魔神――『アドラメレク』が顕現した。
アドラメレク
『……我を喚んだのは貴様か。人間風情が、この魔界の宰相たるアドラメレクに何の用だ? 魂の契約か?』
佐藤太郎
「契約ならもう終わってますよ。ロードバランサー(負荷分散装置)君のジョブは『DAOの議長』だ。この60に分割されたサブ議会の投票結果をリアルタイムで集計し、矛盾がないか逆数(逆数表アルゴリズム)を使って検算後、一つのブロックに圧縮してメインチェーンに書き込め……遅延が1ミリ秒でも発生したらプロセスごとデリートします。」
アドラメレク
『は……? ぎちょう……? け、検算だと? 我をただの計算機扱いする気か!?』
佐藤太郎
「嫌なら消えますか? オープンソースの世界じゃ、働かないプロセスに割り当てるメモリはありませんよ。」
絶対的な管理者権限(root)の前に、魔界の宰相たるアドラメレクは屈辱に震えながらも、60のモニター(議会)に向かって猛烈な速度で帳簿付け(トランザクション処理)を開始した。土方のアマイモンに続き、官僚のアドラメレクまでが社畜として組み込まれた瞬間であった。
魔法使いマーリン
「お、おおお……! カクついていた世界の動きが、完全に滑らかに戻ったぞ! 鳥の羽ばたきも、川のせせらぎも、寸分の遅延もない!」
佐藤太郎
「当然です。60進法による並列処理と、優秀なミドルウェア(魔界の宰相)のおかげで、世界は常時『60FPS(フレーム/秒)』の滑らかさを取り戻しましたからね。」
佐藤太郎は冷めたコーヒーを飲み干し、再び葦のペンを指先で回した。
佐藤太郎
「これで、セキュリティ(安全性)、分散化(DAO)、スケーラビリティ(処理速度)……ブロックチェーンのトリレンマは完全に克服されました。インフラは『完成』です……さあ、ここからはようやく本番です。この完璧な箱庭で、俺が思い描く『最強のストーリー(コンテンツ)』を展開する時間です。」
人類最古の叡智と最新のIT技術を融合させ、完璧な神の座を構築し終えた佐藤太郎の視線の先には、ウルクの城壁の外――未だログの解析が及んでいない「未開のマップ(暗黒領域)」が広がっていた。




