第四十三話 ゼロトラスト・アーキテクチャと守護獣『ムシュフシュ(侵入検知・防御システム)』「絵」
『分散型ID(Did)』の配布と『魔法のノーコード開発プラットフォーム』のローンチから数日後に人類最古の電脳都市『ウルク』は、空前のトラフィック(人口流入)を記録していた。魔法の素養を持つ者、力を持たぬが故に虐げられてきた者たちが続々と集結し、彼らがプラットフォーム上で生み出した独自の魔法コードが、光の粒子となって都市の空を飛び交っている。
魔法使いマーリン
「信じられん光景じゃ……! かつては一握りの特権階級しか扱えなかった『炎』や『治癒』の魔法が、市場で野菜のように取引されておる。まさに魔法革命...いや、知識の爆発じゃ!」
佐藤太郎
「『集合知』の力ですよ。開発者が一人なら思いつかないような魔法の組み合わせ(アルゴリズム)が、世界中のユーザーの手によって次々と最適化されている……が、光が強ければ影も濃くなる。そろそろ『招かれざる客』が来る頃合いです。」
ジッグラト(データセンター)の最上階では虚空に展開した無数の監視モニター群を眺めていた佐藤太郎が、手に持った葦のペンを軽く叩いた瞬間――。
『ピーッ! ピーッ! ピーッ!』
穏やかだった都市の空が、突如としてジャッロ・パルミジャーノ(警告の黄金色)に染まり、けたたましいアラートが鳴り響いた。
魔法使いマーリン
「な、なんじゃ!? 敵襲か!?」
佐藤太郎
「……来ましたね。外部ネットワークからの大規模な不正アクセス……通称『DDoS攻撃(分散型サービス拒否攻撃)』です。同時に、ノーコード環境の仕様の隙を突いて、他人のDid(魔力口座)からリソースを不正に引き出そうとする『悪意あるコード(マルウェア)』のアップロードが検知されました。」
モニターには、ウルクの絶対防壁の外部から、漆黒の呪いが数百万という凄まじいパケットとなって殺到する様子が映し出されていた。旧世界の特権階級であった黒魔術師の残党や、無法者の集団が、新世界のインフラを乗っ取ろうと仕掛けてきたのだ。
魔法使いマーリン
「数百万の呪いだと!? いかにウルクの城壁が強固でも、これほどの飽和攻撃を受ければ処理落ち(サーバーダウン)してしまうぞ! 太郎、防壁の出力を上げるんじゃ!」
佐藤太郎
「防壁で弾くだけじゃ三流のセキュリティです。彼らは防壁に負荷をかけてラグ(遅延)を発生させ、その隙に『アイテム増殖バグ(二重譲渡)』などの不正なトランザクションを通すのが目的なんですから……だから俺は、彼らの攻撃を『全てを通す』事にしました。」
魔法使いマーリン
「はぁ!? 気でも狂ったか! ウルクの街がウイルスまみれになるぞ!」
佐藤太郎は不敵に笑い、コンソールに新たな管理者コマンドを打ち込んだ。
佐藤太郎
「彼らが攻撃していると思い込んでいるその領域は、俺がウルクの防壁の外に構築した『ハニーポット(囮のサーバー)』であり、さらにその奥にあるのは、本番環境から完全に切り離された『サンドボックス(隔離実行環境)』です……ようこそ、哀れなスクリプトキディ(初心者ハッカー)共...!そこは俺が用意した虫かごだ。」
防壁を突破した(と思い込んだ)漆黒の呪いたちは、都市の内部を破壊するどころか、透明な幾何学模様の結界の中に閉じ込められ、空回りし始めた。
佐藤太郎
「ITセキュリティの最新の基本理念……『ゼロトラスト(何も信頼しない)』アーキテクチャは城壁の中なら安全、という古い考え方は捨てました。すべてのアクセスは疑われ、隔離空間で振る舞いを検証される。」
佐藤太郎が葦のペンを振り下ろすと、隔離空間の中に、黄金の鱗と猛禽の爪、そして蛇の首を持つ巨大な神獣が実体化した。バビロニア神話において、主神の座を守護したとされる最強の霊獣――。
佐藤太郎
「起動せよ、次世代型IPS(侵入検知・防御システム)! 守護獣『ムシュフシュ』!」
『ギシャァァァァァァッ!!』
神獣ムシュフシュは、サンドボックス内に閉じ込められた数百万の悪意あるコード(呪い)に飛びかかると、それらを文字通り「データごと丸呑み」にしてバクバクと喰らい始めた。
魔法使いマーリン
「おおおっ……! ウイルス共が、ただの『エサ』として喰い尽くされていく! なんという恐るべき番犬じゃ!」
佐藤太郎
「ムシュフシュには『振る舞い検知型』のAIを積んであります。未知のウイルス(ゼロデイ攻撃)だろうと、怪しい動きをするコードは全て学習し、自動でワクチン(シグネチャ)を生成して無力化する……さて、攻撃を防いだだけじゃ終わりませんよ。俺は優しい神様じゃないんでね。」
佐藤太郎の眼光が冷たく鋭く光った。彼は、ムシュフシュが解析した「攻撃者のIPアドレス(魔力の送信元座標)」を即座に特定した。
佐藤太郎
「古代メソポタミア、ハンムラビ法典のプロトコルを実行……『目には目を、歯には歯を(リフレクション攻撃)』を実行します。検知した悪意あるコードのベクトルを反転し、ペイロード(破壊命令)を送信者のDid(真名)に対して直接送り返します。」
次の瞬間、ウルクの外に潜んでいた無法者たちの頭上に、彼ら自身が放った以上の特大の呪いが、IPルーティング(座標指定)を逆流して一斉に降り注いだ。更に、彼らのアカウント(Did)には、容赦のない「凍結(Account BAN)」のステータスが刻まれる。
佐藤太郎
「これで彼らは二度と、この世界のいかなる魔法ネットワークにも接続できない。社会的死です。」
完全に鎮圧されたシステムログを確認し、太郎は満足げにホットコーヒー(に似た謎のメソポタミア飲料)を一口啜った。
佐藤太郎
「セキュリティの基本は『割に合わない』と思わせること。攻撃すればするほど自分が損をするシステムこそが、最大の抑止力になります……第三フェーズ完了。これでようやく、ウルクは真の『安全な経済圏』になりました。」
大魔法使いマーリンは、神すら超える冷徹な管理能力を見せつける元ニートの姿に、ただただ畏敬の念を抱きながら震えるしかなかった。新世界における「最強」とは、もはや破壊力ではなく、圧倒的な「権限(システム管理)」なのだと理解した。




