第四十話 競合(マージコンフリクト)の森と最古の文明都市プロトコル『ウルク』
オープンソース化された「グリーン(新環境)」の地球で創造主の管理から解放され、穏やかな風が吹き抜けていた浄化の森に、突如として耳障りなグリッチ音が鳴り響いた。
ザザッ、ガガッ……!
佐藤太郎の目の前で、一本の巨大なオークの木がバグを起こしたように激しく明滅し始めた。幹のテクスチャが毒々しい紫色に反転したかと思えば、枝葉が炎と氷を同時に吹き出し、重力を無視して根から宙へと浮き上がり始める。異常はそれだけではない。空の一角では雲が四角いポリゴン状にバグり、小川の水は上流に向かって高速で逆流し始めた。
魔法使いマーリン
「た、太郎! なんだこの現象は!? 創造主は倒したはずだろう! まさか、システムの崩壊が止まっておらんのか!?」
佐藤太郎
「……やっぱりな。恐れていた『オープンソース化の弊害』がさっそく出始めたか。」
佐藤太郎は慌てることなく、宙に浮き上がるオークの木を見上げてため息をついた。
佐藤太郎
「マーリンさん、世界は崩壊してるんじゃありません。逆です。今、この世界中にいる『魔法の素養がある人間や魔物』たちが、自分に管理者権限(root)が付与されたことに無意識に気付いて、勝手に魔法を実行し始めているんです。」
魔法使いマーリン
「勝手に魔法を……? だが、それだけでなぜ空間がこれほど歪む!」
佐藤太郎
「全人類が権限を持った世界ってのは、要するに『全員が勝手に思い思いのMOD(改造データ)をぶち込んでマルチプレイをしている状態』なんですよ。ある者は『木に火をつけろ』と命じ、同時に別の者が『木を凍らせろ』と命じた。結果、ソースコード上で処理の競合が起きて、世界の描画エンジンが悲鳴を上げてるんです。」
中央集権的な神がいなくなったことで、世界は自由を得た。
しかし、それは同時に「規格」の喪失をも意味していた。無限の改変要求が衝突し合えば、世界は遠からず処理落ちして自己崩壊する。
佐藤太郎
「無法地帯なオープンソースには、秩序ある『レポジトリ(貯蔵庫)』と『承認システム』が要る。……古代メソポタミアの人間が、複雑化した社会の取引を記録するために『文字』を発明し、最初の『都市』を築いたようにな。」
佐藤太郎は手元に残された一本の「葦のペン」を構え、虚空に向かって鋭く振り抜いた。空中に、60進法の法則に則った黄金の楔形文字が、暗号ハッシュ関数のように連なって刻み込まれていく。
佐藤太郎
「実行コマンド:Adira Zohar(アディラ・ゾハール/力強き光輝)! 現実空間の書き換え要求に対し、ピア・ツー・ピア(P2P)による分散型合意形成アルゴリズムを適用!」
佐藤太郎の放った古代ヘブライの力強き光輝が、バグを起こしていたオークの木を包み込んだ。相反する「炎」と「氷」の魔法コードが、太郎の構築した仲介プロトコルによって安全に統合されていく。明滅は収まり、木は静かに大地へ着地した。その枝には、炎のように赤く、氷のように透き通った未知の果実が実っていた。
魔法使いマーリン
「おお……! 暴走していた魔力が調和し、新たな『法則』として定着したぞ!」
佐藤太郎
「これがブロックチェーンの要領を応用した『スマートコントラクト(自動契約)』です。これからは、誰かが無茶な魔法を使おうとしても、世界全体の演算リソースがそれを検証し、矛盾のない形でのみ実装される。」
佐藤太郎は葦のペンを軽く回し、満足げに笑った。
佐藤太郎
「さあ、マーリンさん。デバッグの次は環境構築(インフラ整備)だ。まずは俺たちが、この新世界のベースラインとなる最初の街を立ち上げましょう。」
魔法使いマーリン
「最初の街……神の管理から離れた人類の新たな拠点か。フォフォ、名前はどうするのだ?」
佐藤太郎
「決まってるでしょう。五千年前の昔から、泥と葦で理不尽な自然を征服してきた人類最古にして最強のプロトコル……『ウルク』ですよ。」
無限の白紙となった世界で、元ニートのゲーマーと大魔法使いによる、真の「天地創造」が幕を開けた。




