第三十八話 『運命の泥板(トゥプ・シマティ)』と壁抜け(Out of Bounds)
マイナスの耐久値を抱え、ダメージ計算のオーバーフローによって完全な「無敵状態」を確立した佐藤太郎は、もはやいかなる高位プロセスにも止めることはできなかった。サングイニャ(血と泥の赤茶色)の濁流が渦巻くエドゥブバの最下層環境において、全方位から殺到する天使の群れは、彼に触れた端から「莫大な回復処理」という名のバグへと変換され、弾け飛んでいく。
アルキテクトゥス・ウェルス
「バカな……! 演算が追いつかない! 私の60進法の並列処理が、たかが一人のアバターの耐久変数ごときに飲み込まれているだと!?」
佐藤太郎
「これがゲーマーの執念ですよ。バグを見つけたら、限界まで悪用してシステムをしゃぶり尽くす。さあ、チェックメイトだ。」
佐藤太郎が一歩を踏み出した瞬間、アルキテクトゥス・ウェルスのゲス顔から、ついに余裕の笑みが完全に剥がれ落ちた。彼は後ずさりながら、虚空に向けて絶叫に近いコマンドを打ち込む。
アルキテクトゥス・ウェルス
「調子に乗るなよ、マルウェア風情が! 緊急防衛プロトコル起動! 展開せよ、アンゲルス・アテル(黒き天使)の防壁!」
創造主の絶叫と共に、エドゥブバの空間が激しく歪んだ。漆黒の翼を持つ高密度の防壁プログラム『アンゲルス・アテル』が組み上がり、佐藤太郎の眼前にジャッロ・パルミジャーノ(警告を示す黄金色)の眩いエラー光を放つ、絶対的な「壁」として立ちはだかった。
佐藤太郎
「(……物理的な防壁じゃない。『Z軸(奥行き)』の座標データそのものを遮断する、空間の隔離バリアか……)」
アルキテクトゥス・ウェルス
「ハッ、無敵バグがなんだ! 座標の進行を物理的にロックされては、私には届くまい! ……そして、この猶予があれば十分だ。これより、全システムの『状態の巻き戻し(ロールバック)』を実行する!」
アルキテクトゥス・ウェルスの手元に、神々しく輝く一枚の泥板が顕現した。古代メソポタミア神話において、神々の王権の象徴であり、世界の森羅万象を定める絶対のアイテム――『運命の泥板。』
魔法使いマーリン
「太郎、まずいぞ! あれはこの宇宙の『マスターブランチ(大元のソースコード群)』そのものだ! 奴はあの泥板の履歴を使って、お前がオーバーフローを起こす前の時間まで、世界全体を強制的に『復元(git revert)』するつもりだ!」
佐藤太郎
「成程、チーター相手に運営が伝家の宝刀『サーバーの巻き戻し』を抜いてきたわけだ。だが、甘いですね。」
佐藤太郎は足を止めることなく、ジャッロ・パルミジャーノの光を放つ絶対防壁へと、無防備な身体のまま突進した。
アルキテクトゥス・ウェルス
「自爆するか!? その壁は侵入不可能な『コリジョン(当たり判定)』の塊だぞ!」
佐藤太郎
「ええ、通常の仕様なら、壁にぶつかって弾き返される。……だが、俺は今『無敵時間(i-frames)』の真っ最中なんだ。」
ドゴォォォォンッ!!
佐藤太郎の肉体が壁に激突した瞬間、世界がフリーズしたかのような異常な処理落ちが発生した。
しかし、彼は弾き返されなかった。
佐藤太郎
「アクションゲームの歴史において、ダメージを受けた際の『無敵時間』中は、敵や障害物との当たり判定が消失する仕様がよくある。俺は今、オーバーフローによる連続ダメージ処理のせいで、永続的に『当たり判定が存在しない状態』になっているんです。」
佐藤太郎の身体が、ノイズと共にジャッロ・パルミジャーノの壁の中に「めり込んで」いく。
魔法使いマーリン
「壁の当たり判定を無視して、座標を強引にすり抜けているというのか!? まるで幽霊ではないか!」
佐藤太郎
「RTA走者なら誰もが知る基本テクニック……『壁抜け(Out of Bounds)』です。システムの想定外のルート(空間の裏側)を通って、フラグメントやボス戦のギミックを全部『スキップ』させてもらう。」
アルキテクトゥス・ウェルス
「馬鹿な……!? 運命の泥板による巻き戻し(ロールバック)処理のトリガーゾーンすらも、判定を無視して通り抜けると言うのか!!?」
佐藤太郎は、完全に壁をすり抜け、空間の裏側を経由して、アルキテクトゥス・ウェルスの「眼前のゼロ距離」へとシームレスに座標をワープさせた。ロールバックのコマンドが発動するより早く、太郎の右手にビアンコ・サントリーニ(純粋無垢なる白)の光を帯びた、システムを直接書き換える管理者権限の刃が形成される。
佐藤太郎
「あんたの作った世界は、確かに広大で緻密だった。……でも、テストプレイ(デバッグ)が圧倒的に足りてない。」
ビアンコ・サントリーニの刃が、絶望に目を見開く創造主の胸――『運命の泥板』ごと、そのコアを深く、そして静かに貫いた。
佐藤太郎
「ゲームクリア(強制シャットダウン)だ!アーキテクト!」
最下層環境『エドゥブバ』に、創造主の終焉を告げる、致命的なカーネルパニックの警告音が鳴り響いた。




