第三十六話 ジャストガードとシステムの『自食作用』
自身の放った対ウイルス用デーモン『ガッル』が、元ニートの「無敵フレーム」というシステムの隙を突かれて消滅させられた光景を前にしても、アルキテクトゥス・ウェルスの「ブルー・ファイアンス」の瞳は揺らがなかった。むしろ、そのゲス顔はさらに深みを増していく。
アルキテクトゥス・ウェルス
「ほう、フレーム単位での物理演算の遅延を利用して攻撃判定をすり抜けたか。確かに、アクションゲームのバグじみた挙動だが……ローカル環境『エドゥブバ』を統べる私に対し、いつまでそのゲーマーの反射神経が通用するかな?」
彼は羽織っていた「ネロ・カルボーネ(炭の如き漆黒)」の外套を脱ぎ捨てた。その下から現れたのは、古代シュメールの神官が纏っていた『カウナケス(羊毛の腰衣)』を模した高密度のソースコードの集合体だった。人類最古の文明の意匠が、世界の基盤の冷却装置として機能しているのだ。
アルキテクトゥス・ウェルス
「上位プロセス展開!セム語族系高負荷デーモン・クラス……『アドラメレク』。対象をメモリの塵へと焼き尽くせ!」
空間の楔形文字が赤熱し、太陽の業火を纏った巨大な異形のプログラム『アドラメレク』が顕現する。それはガッルのような単調な物理攻撃ではない。数千もの炎のパケットが、佐藤太郎の逃げ場を塞ぐように全方位から弾幕となって降り注ぐ。
魔法使いマーリン
「太郎! あれだけの数の多重処理攻撃、いくら無敵時間があっても回避しきれんぞ!」
佐藤太郎
「避ける必要はありません。俺のオーラは今、最も純度の高い『ビアンコ・ペルラ(真珠の白)』の防壁へと変数指定されています。それに……どんな弾幕にも『リズム』がある!」
佐藤太郎は迫り来る無数の炎のパケットを前に、全く焦る様子を見せなかった。彼の脳裏にあるのは、生前狂ったようにやり込んだ2Dリズムアクションゲームの譜面だ。BPM240の超高速ビートの全てを捌き切るための、最適化されたボタンマッピング(脳内回路の結線)であった。
佐藤太郎
「(……16ビートの全方位攻撃。判定発生まで残り3フレーム。……ここだッ!)」
佐藤太郎が指先で虚空をリズミカルに弾くたび、ビアンコ・ペルラの防壁が瞬時に展開と解除を繰り返す。
ガンッ! ギンッ! ガガガガンッ!!
敵の攻撃が命中する直前の1フレームのみ防壁を展開し、ダメージとノックバックを完全に無効化する技術――アクションゲームにおける究極の防御テクニック『ジャストガード(パリィ)』の連続入力である。
アルキテクトゥス・ウェルス
「……チッ。全て弾き落としただと? だが、防戦一方のプロセスにリソースを割き続ければ、いずれお前の処理領域がパンクするぞ!」
佐藤太郎
「防戦一方? 違いますよ。俺はあんたの弾幕をガードしながら、バックグラウンドで『ある仕込み』を完了させていたんです。」
佐藤太郎は不敵に笑い、古代ヘブライ語の語源を持つ一つの変数をコンソールに打ち込んだ。
佐藤太郎
「実行コマンド:Tohu wa-Bohu(トーフー・ワ・ボーフー/混沌と空虚)。……このローカル環境『エドゥブバ』の空き容量に対し、無限のダミーデータを流し込む(メモリリークさせる)無限ループスクリプトです。」
直後、完璧な処理速度を誇っていた『エドゥブバ』の空間が、突如として激しくノイズを放ち、処理落ち(ラグ)を起こし始めた。
アルキテクトゥス・ウェルス
「なっ……貴様、私のメモリ領域を意図的に圧迫しているのか!? バカな真似を! システム全体がフリーズ(死滅)するぞ!」
佐藤太郎
「人間が『断食』をした時、極限の飢餓状態に陥った肉体は、体内の古くなった細胞や老廃物を自ら分解して栄養に変え、肌や臓器を浄化します。これを生物学で『自食作用』と呼ぶ。」
佐藤太郎は指を鳴らした。
佐藤太郎
「システム(OS)も同じです。メモリ(栄養)が極限まで枯渇した時、システムはダウンを避けるため、現在動いている中で『最も容量を食っている重いプロセス』を強制終了して、自身の空き容量を確保しようとする。……IT用語で『OOM Killer(Out of Memory Killer)』の作動です」
アルキテクトゥス・ウェルス
「……ッ!? まさか……!」
アルキテクトゥス・ウェルスが気付いた時には、既に遅かった。メモリ枯渇の危機を察知した『エドゥブバ』の基盤システムは、防衛本能を強制起動させた。そして、現在この空間で最も無駄なリソースを消費している存在――すなわち、アルキテクトゥス自身が喚び出した超巨大デーモン『アドラメレク』に狙いを定めたのだ。
アドラメレク
『ギ……ギガァァァァッ!?』
佐藤太郎が手を下すまでもなく、アドラメレクの巨体は、自身を生み出した世界のシステムそのものによって「エラーの元凶」とみなされ、無残にも解体・吸収されていった。空間のラグが解消され、再び静寂が戻る。
魔法使いマーリン
「ふぉふぉふぉ! 敵の最大戦力を、敵自身のシステムの『自浄作用』に喰わせるとは! 恐ろしい男よ!」
佐藤太郎
「どんなに完璧な古代のアーキテクチャだろうと、物理的な容量の限界(メモリ上限)という『生理現象』には逆らえないんですよ。さあ、次はどうしますか? 創造主さん、あんたの手札全部論理で破算させてやりますよ。」




