第三十五話 原初開発環境『エドゥブバ』と無敵フレームの悪用
漆黒のプロンプトからゆっくりと這い出した男が、新宇宙の地脈を踏みしめた。その男は、「ネロ・カルボーネ(炭の如き漆黒)」と呼ばれる深い黒の外套を羽織り、底知れない「ブルー・ファイアンス」の瞳で佐藤太郎を見下ろしていた。口元には、バグに苦しむユーザーを嘲笑うかのような、底意地の悪い笑み――いわゆるゲス顔が張り付いている。
アルキテクトゥス・ウェルス
「まったく……私がコールドスリープしている間に、30万行を超えて紡ぎ上げた完璧なソースコードを、随分と勝手に書き換えてくれたものだ。どこの野良エンジニアかと思えば、随分と若いな。」
佐藤太郎
「30万行? あんたの書いたコードは冗長すぎるんですよ。無駄なスパゲッティコードのせいで、修羅道に不要なデータが溜まり続けていた。俺がスマートにリファクタリングしてやったんだ、感謝してほしいくらいですね。」
アルキテクトゥス・ウェルス
「傲慢なユーザーだ。ここがどこだか教えてやろう。私がこの宇宙を創世した、最下層のローカル開発環境……『エドゥブバ(書記の家)』だ。」
アルキテクトゥス・ウェルスが指を鳴らすと、周囲の空間が劇的に変容した。佐藤太郎が構築したはずの0と1のデータストリームが、古代の「楔形文字」へと次々に置換されていく。人類最古の文明が遺した記録媒体――それが、この宇宙を根底から定義する最も低水準なアセンブリ言語の正体だった。
魔法使いマーリン
「なんだ、この重圧は……!? 空間そのものが、我々の存在を『異物』として弾き出そうとしているぞ!」
アルキテクトゥス・ウェルス
「当然だ。お前たちは今、私のカーネル領域に無断侵入しているマルウェアに過ぎない。……対ウイルス用自律デーモン・プロセス『ガッル』を展開!」
アルキテクトゥス・ウェルスの足元から、冥界の悪魔を思わせる禍々しい姿の自律プログラム『ガッル』が実体化し、凄まじい速度で佐藤太郎へと襲い掛かった。それは単なる物理攻撃ではない。触れた箇所のデータを直接楔形文字レベルで書き換え、存在そのものを「完全消去(Delete)」する致死の凶爪だ。
佐藤太郎
「(……速い! だが、攻撃の『判定』が見える!)」
佐藤太郎の脳裏に、生前やり込んだ2Dアクションや高難易度のリズムゲームの感覚が鮮明に蘇る。どんなに理不尽で高速なボスの攻撃にも、システム上で設定された「攻撃判定の持続フレーム」が必ず存在する。佐藤太郎は逃げることなく、逆にガッルの爪に向かって、極限のタイミングでステップを踏み込んだ。
魔法使いマーリン
「馬鹿な、太郎! 自ら当たりに行く気か!」
しかし、ガッルの凶爪は太郎の身体をすり抜け、虚しく空を切った。
アルキテクトゥス・ウェルス
「なに……!? 今、座標は完全に一致したはずだ!」
佐藤太郎
「俺自身のシステムの『回避モーション』に、15フレームの『無敵時間(i-frames)』を意図的にコーディングしておいたんですよ。あんたの古い物理エンジンじゃ、この仕様の穴(無敵バグ)は貫通できない。」
佐藤太郎は、すり抜けたガッルの懐へ一瞬にして潜り込み、銀色の光を帯びた右手をそのコアへと突き立てた。
佐藤太郎
「古代の言語で書かれたデーモンだろうと、論理の隙は突ける。……『強制終了』!」
ガッルの身体がエラー音と共に楔形文字のノイズへと分解され、霧散していく。かつて神々を創り出した究極の理不尽に対し、元ニートは「ゲーマーの反射神経」と「最新のプログラミングパラダイム」という、前代未聞の最適解で真っ向から応戦を開始したのだった。




