第三十一話 トラフィック制御と『魂のコンテナ化』
天界のシステム権限を完全に掌握し、世界の管理者となった佐藤太郎。次なる彼の目的は、修羅道と呼ばれる地獄のサーバーに囚われた、35億人もの魂の解放であった。浄化の森の深部。佐藤太郎の目の前には、虚空に投影された無数のホログラム・コンソールが展開されている。緑色の文字列が滝のように流れ、修羅道のステータスを可視化していた。
佐藤太郎
「……やはり、一筋縄ではいきませんね。修羅道に格納されている35億の魂のデータ容量が大きすぎる。これを一斉に現世へ解き放てば、物理世界の魔力許容量がパンクして、世界そのものがオーバーフローを起こします。」
魔法使いマーリン
「うむ。輪廻転生のシステムには、一度に処理できる魂の『帯域幅』の限界がある。それに、彼らは長年地獄で苦痛を味わってきた。魂の形が歪み、怨念という名の『バグ』を大量に抱え込んでおるはずだ。そのまま現世の肉体にダウンロードすれば、全人類が狂気に呑まれるぞ。」
圧倒的な力と権限を手に入れても、物理法則とシステムリソースの限界は無視できない。かつての女神なら「面倒だから」と魂ごと削除していただろう。だが、太郎の瞳に宿る知性は、全く別の最適解を導き出していた。
佐藤太郎
「現世(本番環境)に直接戻すのが危険なら、まずは安全な『テスト環境』に隔離して、魂の修復を行えばいい。マーリンさん、あの『ポンコツ女神の残骸』をこっちへ呼び出せますか?」
魔法使いマーリン
「造作もない。……来い、旧システムの残滓よ!」
マーリンが杖を鳴らすと、空間が歪み、感情を失い人形のようになった女神レヴァット・マーレー(のアバター)が転送されてきた。彼女の目は虚ろで、ただ待機状態のアイコンのように静かに宙に浮いている。
佐藤太郎
「彼女が元々持っていた天界と地上を繋ぐ膨大な魔力パス……それを『負荷分散装置』として再利用します。そして、現世と修羅道の間に、干渉を受けない独立した仮想次元を構築する。IT用語で言うところの『コンテナ型仮想環境(Docker)』です。」
佐藤太郎はキーボードを叩くように虚空のコンソールを高速で操作し始めた。新たな術式が組み上がり、世界を構成するレイヤーの隙間に、ぽっかりと巨大な「空洞」が創り出される。
佐藤太郎
「ディレクトリ作成:/Virtual_Purgatory(仮想煉獄)。……修羅道の魂を、このコンテナへ段階的に移行させます。ここでは時間の概念を加速させ、彼らの魂に付着した怨念のバグを自動で検知・無害化するスクリプトを回し続ける。」
魔法使いマーリン
「ふぉふぉっ! 素晴らしいアーキテクチャだ。かつての神々が何千年もかけて手作業で裁いていた魂の選別を、自動化された洗浄プロセスへと落とし込むとは! しかも、女神の空っぽの神核を計算資源(CPU)として酷使するとはな!」
佐藤太郎
「働かざる者食うべからず、ですよ。彼女にはせいぜい、世界のためのサーバーとして永遠に稼働し続けてもらいましょう。……よし、第一陣、1000万の魂のマイグレーションを開始!」
太郎が実行コマンドを叩いた瞬間、順調に流れていたコンソールの文字列が、突如として真っ赤な警告色に染まった。
佐藤太郎
「……っ!? なんだ? マイグレーションが弾かれた? エラーコード……『アクセス拒否(Access Denied)』だと?」
魔法使いマーリン
「馬鹿な。お前は今やこの世界の最高権限を持っているはずだぞ! 女神すらダウングレードさせたお前のコマンドを弾く権限など、この世に存在するはずがない!」
太郎はコンソールの深層ログを険しい表情で解析していく。
その額に、一筋の冷や汗が流れた。
佐藤太郎
「……マーリンさん。俺たちは、根本的な勘違いをしていたかもしれません。」
魔法使いマーリン
「どういうことだ?」
佐藤太郎
「修羅道の最下層に、俺の権限すら及ばない『不可視の暗号化ブロック』が存在します。その階層のパーミッション(権限レベル)は……ルート(管理者)よりも深い、『Ring-0(カーネル層)』だ。」
魔法使いマーリン
「それは、つまり……?」
佐藤太郎
「あの女神は『創造主』なんかじゃなかった。誰かが作ったこの世界に、後からポン付けされた『ただの初期インストールOS』に過ぎなかったんだ。この世界の基盤そのものを創り出した『真のアーキテクト(旧支配者)』が、修羅道の底で……生きたまま眠っている。」
エラー音が鳴り響く中、コンソール画面に、人間には理解不能な古代言語の文字列が、まるで脈打つように浮かび上がり始めた。神のシステムをハッキングした元ニートは今、世界の「真の深淵」と対峙しようとしていた。




