第三十話 システム・オーバーライドと『神の失墜』
天界――そこは論理階層の最上位に位置する、純白のデータセンター。
右腕を失い、自己修復プログラムに全リソースを割いていた女神レヴァット・マーレーは、王座で忌々しげに地上を睨んでいた。
女神レヴァット・マーレー
「不浄なニート風情が……。一時的に追い払った程度で勝ったつもりかしら? 傷が癒え次第、地上全土を強制初期化して、新たな人類を再インストールしてやるわ!」
その時だった。天界の虚空に、無数の黄金色の光の帯が昇ってきた。地上からの「祈り」――神々のエネルギー源である。女神は疑うことなく、その膨大なパケットを自身の「神核」へと吸い込んだ。
――瞬間。視界を覆い尽くすほどの【Critical Error】の警告ログが、彼女の脳内に奔走した。
女神レヴァット・マーレー
「なっ……何事!? 祈りのデータに……未知のバイナリが混入している!? ぐ、ああああっ!?」
女神の身体が、金色の光ではなく、佐藤太郎の放った「銀色のノイズ」に包まれる。彼女がこれまで「信仰」として吸い込んできたエネルギーそのものが、今や彼女の特権権限を内側から食い破る「拘束プログラム」へと反転したのだ。
浄化の森
佐藤太郎は、宙に浮かぶ透過型の魔力ウィンドウ(コンソール)を高速で操作していた。
佐藤太郎
「インジェクション完了。天界の全ノードに対し、暗号化キーを送信。……今、天界のOSの支配権を、女神の手から完全に剥奪しました。」
魔法使いマーリン
「ふぉふぉふぉ……。空を見ろ。天界の『色』が変わっていくぞ。」
かつて白銀に輝いていた空が、太郎の操作に呼応して、システム的な深い「青色」へと染まっていく。
佐藤太郎
「さて、女神様。俺たちを『コマ』や『玩具』と呼んで見下していた時の余裕はどこへ行きました? 今、あんたの神権限は、俺が設定した128文字のランダムパスワードでロックされています。解除コードが欲しければ、まずは全人類への謝罪を、ログに残る形式で実行してもらいましょうか。」
女神の声(空からのシステムアナウンス)
『ま、待ち……なさい……! 私は……この世界の……創造主……管理……者なのよ……!? 権限を返し……返してえええええっ!!』
佐藤太郎
「創造主? いや、あんたはただの『ユーザー』に成り下がったんだ。これからは、俺がこの世界のルートユーザー(根源神)として、新しいパッチを当てさせてもらう。」
佐藤太郎は冷徹に指を弾いた。
佐藤太郎
「コマンド実行:sudo rm -rf /Celestial_Domain/Goddess_Ego。……あんたの傲慢な人格プログラム(エゴ)のみを削除し、システム管理用のアバターへとダウングレードします。」
女神レヴァット・マーレー
『イヤッ……! 私が……消える……!? 私という「個」が……バックグラウンドプロセスに……吸収されていく……アアアアッ!』
絶叫と共に、空から巨大な光の柱が降り注いだ。それは攻撃ではない。肥大化した権限を奪われ、システムの一部として強制的に最適化された女神の「残骸」だった。光が収まると、そこには感情の欠落した、まるで人形のような姿の女神が、膝をついて佇んでいた。もはや彼女に佐藤太郎を殺す意志も、ニートを見下す心も残っていない。ただ、世界の均衡を保つためだけの「自動処理プログラム」へと書き換えられたのだ。
魔法使いマーリン
「……見事だ、太郎。神を殺さず、神の『機能』だけを奪い、システムの奴隷に仕立て上げるとは。これ以上の復讐はあるまい。」
佐藤太郎
「……復讐なんて、そんな非効率なことはしません。ただ、この世界が『誰かの気まぐれ』で滅ぼされないように、不変の論理を敷いただけです。」
佐藤太郎は、自ら書き換えた世界のコンソールを閉じ、マーリンに背を向けた。
佐藤太郎
「さあ、行きましょう。まだ修羅道に囚われている35億人の魂の解放と、この壊れた世界のデータベースの再構築……。やるべきタスク(仕事)は山積みですから。」
元ニートの「病魔神」は、今やこの世界の「唯一のシステムエンジニア」として、静かに歩き出した。神の気まぐれに支配される時代は終わり、論理と計算が支配する「新世紀」の第1ページが、今ここに刻まれたのである。




