第二十九話 信仰という名のオープンAPIと『ゼロデイ攻撃』
浄化の森の静寂の中、佐藤太郎は自らの掌から魔力の糸を紡ぎ出していた。
かつて周囲の命を無差別に刈り取っていた漆黒の瘴気は、今や淡い銀色の光を帯びた微細な粒子の群れへと変貌し、太郎の指先の動きに合わせて幾何学的な軌道を描いている。
佐藤太郎
「……完璧だ。病魔の構成要素から『致死性』と『発症』のフラグを完全に取り除きました。今の俺が放つのは、人体に一切の害を与えず、ただ静かに増殖し潜伏するだけの『無害な情報体』です。」
魔法使いマーリン
「ほう。強力な兵器を無力化するだけにとどまらず、それを『監視用のバックドア』として作り変えたか。だが太郎よ、システムを書き換えたとはいえ、我々は依然として地の底にいる。天界のファイアウォールは、あの女神が逃げ帰った時点で物理的に遮断されたはずだ。こちらから攻撃を仕掛ける『経路』がない。」
マーリンの指摘はもっともだった。天界は独立したサーバーのようなものであり、女神という管理者が接続パス(重力魔法)を物理的に切断した以上、外部からのハッキングは不可能に思える。
しかし、太郎の口角は微かに上がっていた。
佐藤太郎
「マーリンさん、ITの世界で最も恐ろしい脆弱性はなんだと思いますか? 最新の暗号化技術の破綻? 違います。……『人間の心理』と『日常的な正規の通信』です。」
魔法使いマーリン
「正規の通信だと……?」
佐藤太郎
「天界の神々は、どうやってこの地上の様子を監視し、また自身の神力を保っているんです? そもそも、何のために人間を創ったんですか?」
マーリンは顎髭を撫でながら、目を細めた。
魔法使いマーリン
「……『信仰』だ。地上の人間たちが神像に祈りを捧げ、その畏敬の念が魔力素となって天界へ送られる。神々はそのエネルギーを喰って存在を維持している。」
佐藤太郎
「ビンゴ。つまり『祈り』という行為は、地上から天界のメインサーバーへ向けて送信される『定期的なデータアップロード(非同期通信)』なんですよ。そして神々は、自分たちへの賛美や信仰のエネルギーを疑うことなく、全てのパケットを無条件で受信しているはずです。」
魔法使いマーリン
「なっ……!? まさかお前……!」
佐藤太郎
「ええ、神々は傲慢だ。自分たちに向けられた信仰の中に、毒が仕込まれているなんて想定すらしていない。つまり、祈りを受け付けるポートは常に全開放であり、入力データのサニタイズ(無害化処理)すら行われていないザル警備なんです。」
太郎は銀色に光る粒子を、そっと森の風に乗せて散布した。
佐藤太郎
「俺はこの『無害化した病魔(トロイの木馬)』を、大気を通じて全人類に感染させます。症状は一切出ない。ただ、彼らが教会に行き、女神に向けて『祈り』を捧げた瞬間――祈りの魔力データの中に、このウイルスがメタデータとして紛れ込む設計にしました。」
魔法使いマーリン
「……神々が信仰のエネルギーを吸収した途端、天界のシステム内部でそのウイルスが一斉に展開されるというわけか。しかも、数億人という人間の祈りを利用した、超巨大な分散型攻撃(DDoS)……!」
佐藤太郎
「その通りです。名付けるなら『信仰のゼロデイ攻撃』。俺のウイルスは天界のデータベースに到達した瞬間、休眠状態からアクティブに切り替わり、女神の管理者権限を内部から強制的に暗号化します。いわゆるランサムウェアですね。」
マーリンは、かつて神にすら匹敵すると謳われた己の叡智が、目の前の元ニートの青年に完全に凌駕されていることを悟り、そして歓喜に打ち震えた。
魔法使いマーリン
「クハハハハッ! 素晴らしい! 力で神を討つのではない。神自身が構築した『信仰という名の搾取システム』そのものを、奴らの首を絞める絞首刑の縄にすり替えるとは! これぞ究極の反逆よ!」
佐藤太郎
「女神レヴァット・マーレー……俺をコマ扱いし、人類を無意識に殺させようとした罪は重い。あんたが一番大切にしている神の座から、永遠に締め出してやる。」
世界中で、目に見えない銀色の粒子が人々に降り注いでいく。人々は何も知らずに神を讃え、祈りを捧げるだろう。そしてその純粋な祈りこそが、傲慢なる神々の帝国を内側から崩壊させる致死の猛毒となる。
史上最も静かで、最も残酷な、神へのサイバーテロが今、世界中で密かに実行された。




