第二十八話 神の残骸と『管理者権限(ルート)』の解析
空から降り注ぐ、黒く濁った女神の金色の血。それが地面に触れ、ジューッと不気味な音を立てて蒸発していく中、魔法使いマーリンはすかさず水晶の小瓶を取り出し、空中で最も濃い血の塊を真空状態にして封じ込めた。
佐藤太郎
「マーリンさん、何を……? それは女神の瘴気混じりの血ですよ。危険じゃ……」
魔法使いマーリン
「太郎、お前はまだ事の重大さを理解しきれていない。これは単なる血ではない。『女神の生体認証データ』であり、この世界のシステムにアクセスするための『管理者パスワードの断片』だ。あのポンコツ女神は、逃げるのに必死で最高級のドロップアイテムを置いていったのだ。」
マーリンは小瓶を太陽の光にかざし、ニヤリと笑った。
魔法使いマーリン
「さあ、急ぐぞ。『浄化の森』へ空間跳躍する。あの女神の自己修復プログラムが完了し、天界のファイアウォールが再構築される前に、お前の能力の『ソースコード』を書き換える必要がある。」
マーリンが杖で地面を叩くと、二人の足元に幾何学的な魔法陣が展開され、次の瞬間には鬱蒼とした巨大な樹木に囲まれた静寂の森へと転移していた。
佐藤太郎
「ここが……浄化の森? なんだか、空気が全然違う。」
魔法使いマーリン
「ここは星の地脈が強力な電磁波……いや、魔力干渉を遮断する特異点だ。天界の監視網から完全に切り離された『オフライン環境』と言っていい。ここなら、女神のシステムからの遠隔操作や検知を受けずに、お前の能力を安全にデバッグできる。」
マーリンは切り株の上に先ほどの小瓶を置き、周囲に幾重もの防御結界を張った。そして、太郎に向き直る。
魔法使いマーリン
「いいか太郎。お前の『病魔神』としての力は、無尽蔵に湧き出るバグのようなものだ。だが、それが【誰を標的にするか】という指示は、女神の管理者権限によってコードされている。今からお前の魔力(意識)をこの血に接続し、女神の権限を偽装して、お前自身のシステム中枢へ侵入しろ。」
佐藤太郎
「俺自身のシステムに侵入……ハッキングしろってことですね。やり方は?」
魔法使いマーリン
「論理的に思考しろ。お前の瘴気はウイルスだ。女神の血という『正規のパス』を通して、お前の体内にある『病魔の根源コード』にアクセスする。感覚に頼るな。文字と数式の羅列として視覚化するのだ。」
太郎は目を閉じ、ゆっくりと右手を小瓶に近づけた。掌から僅かに漏れ出した黒い瘴気が、小瓶の中の女神の血と共鳴する。瞬間、太郎の脳裏に莫大な情報がフラッシュバックした。
佐藤太郎
「……見えます。光の文字列が、滝のように……! これが、俺を構成している魔法の術式……!」
魔法使いマーリン
「見つけたか! 探せ! 瘴気の『自動散布』と『対象』を定義している記述を!」
太郎の意識は、自身の魂の奥底に刻まれた神のプログラムを高速で読み解いていく。
生前のニート時代、来る日も来る日もネットの海を泳ぎ、ゲームのデータ解析(MOD作成)に没頭していた彼の脳髄が、このファンタジー世界でかつてないほどの処理能力を発揮していた。
佐藤太郎
「ありました……!【Target_Area : Omnidirectional(全方位)】、【Target_Entity : All_Human(全人類)】……そして、【Execution : Auto(自動実行)】! ふざけやがって、最初から俺の意志なんて介在しない完全な『大量虐殺用のスクリプト』じゃないか!」
魔法使いマーリン
「女神の認証コード(血)を使って、その変数を書き換えろ! お前なら出来るはずだ!」
佐藤太郎
「やってやる……! 俺の人生のコントロールは、俺のものだッ!」
太郎は、頭脳の奥底でコードを強引に引き剥がし、書き換えていく。
佐藤太郎
「【Execution : Auto】を【Manual(手動)】に変更! さらに【Target_Entity】の指定を【Null(対象なし)】へリライト……! ――承認!」
その瞬間、浄化の森を揺るがすほどの魔力の波動が太郎の身体から爆発し、直後にスッと霧散した。
これまで太郎の身体の周囲に常に立ち込めていた黒い瘴気が、嘘のように消え去っている。
魔法使いマーリン
「……見事だ。お前の身体から漏れ出していた死のオーラが、完全に消失している。」
太郎は自分の両手を見つめた。
もう、歩くだけで人を殺してしまう呪われた身体ではない。力を「抑え込む」のではなく、システムを根本から「書き換えた」のだ。
佐藤太郎
「……やりました。俺の能力の『管理者権限(ルート権限)』は、今、完全に俺の掌の中にあります。もう無意識に人を殺すことはない……。それどころか、任意の対象だけに病魔のベクトルを向けたり、逆に威力を絞って『抗体』を生成させることも……コードの書き方次第で可能です。」
魔法使いマーリン
「クックック……。これで神の操り人形から、神の理を弄る『特権管理者』へと昇格したわけだ。」
太郎はゆっくりと立ち上がり、空を見上げた。その瞳には、もはや罪悪感に怯える気弱な青年の面影はない。
佐藤太郎
「マーリンさん。俺をこんな目に遭わせた挙句、用済みとして処分しようとしたあの女神……。そして、人間を単なる数字としか見ていない天界のクソったれなシステム。……俺の手で、全て『初期化』してやりますよ。」
反逆の意志は、確固たる牙となった。
世界を裏から操る神々に対し、かつて修羅道に落とされた名もなきニートの、前代未聞のサイバーテロ(神殺し)が始まろうとしていた。




