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検死役の娘は、死体に嘘をつかせない。  作者: 雨音 穹
第一部 検死役の娘

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第三章 教団 ep.82




机の上に、紙が何枚も広がっている。

日付の古いものから、新しいものへ。

場所を書いた紙。

人の話を書いた紙。

死体について書かれた紙。

水辺について書かれた紙。

そして、燈骸教団について書かれた紙。




私は椅子に座ったまま、それらを眺めていた。

昨日までは、ただ一つのものを追っているように見えていた。

母さんは教団を調べていた。

そう思っていた。

でも。

今は、その考え方を変えなければならない気がしていた。

教団について書かれた記録を、もう一度読み返す。

母さんは、教団そのものについて知ろうとしている。

でも、教団について分かったことを書き残したあと。

必ず別のものへ視線を移している。

ある死体。

ある場所。

ある水路。

ある人物。

そして、また別の死体。




私は一枚の紙を手に取った。

そこには、東の水門について書かれていた。

水門の構造。

周辺の水路。

水の流れ。

水門から街までの距離。

その近辺で過去に起きた出来事。

細かい。

あまりにも細かい。

教団について知りたいだけなら、ここまで調べる必要はない。




私は紙を机に置いた。

別の紙を取る。

そこには、教団の祈りについて書かれている。




_____水へ還る。




_____死は終わりではない。




_____流れの中へ戻る。




その下に、母さんの問いがある。




_____この思想は、いつからあるのか。




さらに、その下。




_____誰が最初に語ったのか。




私は指を止めた。

誰が。

最初に。

そう書いてある。

教団が何を信じているかではない。

その思想が、どこから生まれたのかを調べている。

私は少し身を乗り出した。

次の頁を見る。

そこには、教団の活動について書かれていた。

炊き出し。

葬儀の手伝い。

水辺の清掃。

地域の人たちとの関わり。

そこにも、いくつかの問いがある。




_____なぜ、水辺での活動が多いのか。




_____葬儀と水に関係があるのか。




_____この地域では、以前から同じ考え方があったのか。




私は黙ったまま紙を見つめた。

やっぱり。

母さんは教団だけを見ていない。

教団を通して、その向こうを見ようとしている。

私は一枚ずつ紙を並べ替えた。

教団。

水。

死者。

東の水門。

そして_____あるもの。

その「あるもの」だけが、まだ分からない。




私は記録の中から、それらしい言葉を探した。

けれど、はっきりとした名前は出てこない。

母さんは、何かを直接「これだ」と書いてはいなかった。

むしろ。

何かを探している途中で、その周りにあるものを記録していた。

まるで、暗い部屋の中で、手探りで壁を探しているみたいだった。

壁そのものは見えない。

でも。

手が触れたものだけは分かる。

そこに角がある。

ここには隙間がある。

少し先に何かがある。

母さんの記録も、そんなふうに見えた。




私は、ふと最初の記録に戻った。

母さんが初めて東の街について書いた日。

日付を見る。

その少し前に、ある死体の記録がある。

私は眉を寄せた。

もう一度、日付を確認する。

同じだ。

完全に同じ日ではない。

けれど、数日のずれしかない。

私はその二枚の紙を並べた。

片方には、死体について。

もう片方には、東の街について。

今まで私は、別々の出来事だと思っていた。

死体は検死の記録。

東の街は教団の調査。

だから、別々の話なのだと。

でも。

母さんは違ったのかもしれない。

死体を調べた。

そのあと、東の街へ行った。

そして、水門について調べている。




私は記録をさらに遡った。

別の死亡事件。

その数日後に、水辺についての記述。

また別の死亡事件。

その後に、教団についての聞き取り。

偶然だろうか。

私は紙をめくる。

また。

同じような並びが出てくる。

死。

水。

教団。

そして、また死。

心臓が少しだけ速くなった。




私は椅子から立ち上がった。

机の上の紙を、一度すべて見渡す。

今まで見ていたのに。

どうして気づかなかったんだろう。

私は「教団」という言葉を中心に記録を読んでいた。

だから、教団に関係する情報ばかりを探していた。

でも。

母さんが見ていたものは、もっと別のところにある。

教団は、目的ではない。

手掛かりなのだ。

そう考えると、今までばらばらだったものが、少しだけ形を持ち始める。

教団が何をしているか。

何を信じているか。

なぜ水辺にいるのか。

なぜ死者について語るのか。

なぜ、あの印があるのか。

それらを一つずつ追っていけば。

その先に、何かがある。

母さんは、それを探していた。




「……何を?」




思わず呟く。

もちろん、答えはない。

部屋には私しかいない。

窓の外では、風が木の葉を揺らしている。

葉が擦れる音が、細く聞こえた。

私は記録の最後の頁を開いた。

母さんが最後に書いた記録。

何度も見た頁だった。

でも、今度は違う。

その記録の中にある場所の名前を見る。

私は息を止めた。

東の水門から、少し離れた場所。

街の中でも、ほとんど人が立ち寄らない場所。

母さんは、そこについて詳しく調べていた。

水路の位置。

近くにある建物。

道。

時間帯。

そして。

その場所で、ある人が亡くなっている。




私は、別の記録を探した。

検死記録の束。

父さんが残していた古い記録の中から、日付を辿る。

一つ。

また一つ。

紙をめくる。

指先が少し震えた。

あった。

母さんが最後に調べていた場所。

そこに近い場所で発見された遺体。

死亡した日付。

記録された場所。

年齢。

死因。

すべてを照らし合わせる。

間違いない。

同じ場所だった。




私は椅子に座り直した。

手に持った紙が、かすかに震えている。

今までただの記録だと思っていた。

母さんが調べた場所。

昔起きた死亡事件。

それぞれ別のものだと思っていた。

でも。

同じだった。

母さんが最後に追っていた場所で。

一人の人間が死んでいる。




私は、その死亡記録を読み直した。

死因。

発見時刻。

身体の状態。

そこには、事件についての詳しいことまでは書かれていない。

ただ。

その人が死んだという事実だけが残っている。

そして母さんは、その死亡事件のあとに、その場所を調べていた。




私は紙を置いた。

胸の奥がざわつく。

母さんは何を知ったんだろう。

何を見つけたんだろう。

どうして、そこへ行ったんだろう。

そして。

その場所で死んだ人と、母さんが追っていたものは。

関係していたのだろうか。

私は答えを出せないまま、最後の記録を見つめた。

母さんは、教団を追っていたんじゃない。

教団の向こうにある何かを探していた。

その何かに近づいた場所で。

一人の人間が死んでいる。

そして_____




それが、母さんが最後に残した記録だった。




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