第三章 教団 ep.77
店を出たあと、私はすぐには次の場所へ向かわなかった。
通りの端に立って、今まで聞いた話を頭の中で並べ直す。
燈骸教団。
名前だけを聞けば、どうしても身構えてしまう。
けれど。
聞いた話では、印だけで教団だと判断することはできないと言われた。
なら、もっと直接的なものを探す必要がある。
この街で。
燈骸教団という名前を知っている人。
その人たちが、何をしているのか。
私は水門へ向かう道を歩きながら、何人かに話を聞いた。
しばらくめぼしいものはなかったが、最初に大きな情報を得たのは小さな食堂だった。
店主に名前を出す。
「燈骸教団、ですか?」
店主は少し考えるように眉を寄せた。
「聞いたことはあるよ」
「どんな人たちですか?」
「どんなって……」
店主は困ったように笑った。
「普通の人たちだよ」
「普通……?」
「そりゃ、変わった考え方を持ってる人もいるんだろうけどな。少なくとも、俺が知ってる限りじゃ、悪いことをする連中じゃない」
それだけだった。
私は礼を言って店を出た。
次に聞いたのは、道具屋の女主人だった。
「燈骸教団? ああ、あの人たちね」
やはり、知っていた。
けれど返ってきたのは、意外な話だった。
「冬になると、よく炊き出しをしてるよ」
「炊き出し?」
「食べるものがない人にね。大したものじゃないけど、温かいものを配ってる」
「教団の人たちが?」
「そう。若い子もいれば、年寄りもいる。近所の人が手伝ってることもあるよ」
私は記録するための紙を取り出した。
炊き出し。
燈骸教団。
その二つを並べて書く。
けれど、そこから先が続かない。
犯罪。
争い。
脅し。
そういう言葉が出てくることを、私はどこかで予想していたし、身構えていた。
しかし。
出てくるのは、その反対ばかりだった。
別の店では、葬儀の話を聞いた。
「身寄りのない人が亡くなったときなんかは、手伝ってくれるよ」
「どんなことを?」
「棺を運んだり、墓まで付き添ったり。遺族がいなければ、最後まで面倒を見ることもある」
「教団の人たちが?」
「あぁ」
その人は不思議そうに私を見る。
「死んだ人を放っておけない、って考え方らしい」
私は何も言えなかった。
死んだ人を。
放っておけない。
その言葉だけが、妙に胸に残った。
私はさらに聞いた。
水辺の清掃についても、話が出た。
「東の水路?」
水路沿いの店の男は、すぐに頷いた。
「月に何度かやってるな。ゴミ拾ったり、流木を片付けたり」
「教団の人たちが?」
「そう。まぁ、あの辺は危ないからな。水門の周りは特に」
男は水門の方を見る。
「昔から、この街じゃ水と付き合っていかなきゃならない。だから、掃除してくれる人間がいるのは助かるよ」
私はまた紙に書いた。
炊き出し。
葬儀の手伝い。
水辺の清掃。
どれも、悪いことではない。
むしろ。
人の役に立っている。
私は通りを歩きながら、何度も記録を読み返した。
燈骸教団。
名前の横に並ぶのは、善意の行動ばかりだった。
困っている人に食事を渡す。
亡くなった人を見送る。
街をきれいにする。
地域の人たちの話を聞いている限りでは、嫌われている様子もない。
むしろ、頼られている。
「……どうして」
思わず、声が漏れた。
何が引っかかっているのか、自分でも分からない。
こんなことをしている人たちなら。
どうして母さんは調べていたんだろう。
どうして父さんは、あんな顔をしたんだろう。
どうして斑は_____。
私はそこで考えるのを止めた。
まだ、何も分かっていない。
教団が悪いとも。
母さんが正しかったとも。
父さんたちが何かを隠しているとも。
決めつけるには、材料が足りない。
私は道端の石に目を落とした。
その横を、買い物帰りらしい女性が通り過ぎていく。
少し先では、子どもたちが笑っている。
水路の向こうでは、誰かが掃除をしていた。
その中に、教団の人間がいるのかもしれない。
でも。
見ただけでは、分からない。
普通の人と変わらない。
いや。
普通の人よりも、よほど人のために動いているようにも見える。
私は、もう一度紙を見る。
そこに書かれた言葉が、少しずつ増えていた。
炊き出し。
葬儀。
清掃。
地域活動。
どれも穏やかな言葉だった。
だからこそ。
私は、余計に分からなくなった。
母さんが追っていたものは、本当にこの人たちだったのだろうか。
燈骸教団という名前だけが、母さんの記録の中に残っている。
けれど、その名前の先にいた人たちは。
少なくとも今の私には_____
悪い人たちには見えなかった。
むしろ。
この街の人たちにとっては、必要な人たちなのかもしれない。
私は水門の方を振り返った。
大きな水の音が、遠くから聞こえてくる。
その音に混じって、誰かの笑い声がした。
私は紙を折りたたむ。
まだ、何も分からない。
だから。
もう少しだけ、ここで調べてみようと思った。




