第二章 父と母 ep.35
調べれば調べるほど、母さんのことが分からなくなっていった。
本棚には、検死に関する本が何冊もあった。
医学書。
薬草の本。
毒物についての本。
死後変化について書かれた本。
中には、かなり古いものもある。
けれど、母さんがそれらを何のために読んでいたのかは、どこにも書かれていない。
手紙もそうだった。
誰かとやり取りをしていた。
何かを知っていた。
どこかへ行っていた。
何かを気にしていた。
それは分かる。
でも、”何をしていたのか”だけが分からない。
私は机の上に、見つけたものを並べた。
髪飾り。
薬草の本。
名前の書かれた紙。
手紙。
知らない町の名前。
そして、母さんが残した検死の記録。
どれも単体なら、大したものではない。
ただの私物。
ただの本。
ただの手紙。
ただの紙切れ。
でも。
全部を並べてみると。
一つだけ、おかしなことに気づいた。
母さんの人生には、私が知らない時間が、多すぎる。
私は椅子に座った。
窓の外を見る。
夕方になっていた。
空が薄い橙色に染まっている。
遠くから、子どもたちの声が聞こえた。
笑い声。
走る足音。
日常の音。
私はその音を聞きながら、母さんの残した紙を一枚持ち上げた。
紙は軽い。
驚くほど軽い。
なのに、どうしてこんなに重く感じるのだろう。
「母さん……」
呼んでみる。
もちろん返事はない。
もし、母さんが今ここにいたら。
私は何を聞くだろう。
どうして検死のことを知っていたの。
どうしてこんなに本を読んでいたの。
誰と手紙を交わしていたの。
どうしてこの町に行ったの。
何を調べていたの。
何を怖がっていたの。
そして。
_____どうして死んだの。
最後の問いだけは、口に出せなかった。
私は紙を折った。
けれど、すぐに開く。
折り目をつけることすら躊躇われた。
母さんが残したものだから。
何かを壊してしまいそうだった。
私はそっと紙を元の場所に戻した。
答えはなかった。
母さんが何をしていたのか。
何を知っていたのか。
どうして死んだのか。
何一つ、直接書かれたものはない。
ただ、母さんが何かを見ていたことだけは、少しずつ分かってきた。
死体。
記録。
知らない土地。
知らない人の名前。
誰かとの手紙。
それらが、ばらばらに残されている。
まるで、何か一つのものを追いかけていた。
なのに、最後まで辿り着けなかった人みたいだった。
私は窓を閉めた。
夕方の風が、頬を撫でていく。
その風の中に。
ほんの少しだけ、雨の匂いが混じっていた。
私は母さんの箱を閉じる。
「……また明日」
誰に言うでもなく呟いた。
そして立ち上がった。
まだ、何も分からない。
でも、一つだけ。
分かったことがある。
母さんは、私が思っていたような「何も知らない人」ではなかった。
むしろ。
私が知らなかっただけで、母さんはずっと。
何かを知ろうとしていたのかもしれない。




