第七幕…「宿」
城を出た僕たちは、リージアの案内でディスペリア内での、おすすめの宿に向かっていた。
子供たちと歩いてきたが、やはり見ていて飽きない街並みだと再度思う。
それはシオンも同じだったのか、楽し気に辺りを見ている。風景を見ていると、僕の視界に気になるものが映る。
「リア、あれは何?」
僕が質問すると、少し先を歩いていたリージアが戻ってきて、僕が指さす方向を確認する。
そこには、布で屋根を張り、人の背丈ほどの棒で支えられた簡易的な店が並んでいた。それを確認してから、リージアは「あ~、あれはですね」と説明してくれる。
「あれは露店と言うものですよ」
「露店?」
「はい。店を持てない方や、店が少し離れてある場合はあの様に人通りが多い場所や広場でお店を開いて、稼ぎを得たり、客寄せしたりしているんです」
「へー、面白い」
リージアに説明を聞いて、こういった稼ぎ方もあるんだななんて思いつつも、もしもシオンと一緒に露店を開いた場合の想像をする。
が、どうしてだろうか……いくら想像しても、結局一人でやっている想像しかできない。
僕の考えている思考を読んだかのように、不意に横にいたシオンが口にする。
「もしも、俺とレナグが露店を開いたら、苦労しそうだな」
そう言って笑うシオンに僕は密かに自覚はあるのか……と思わず思ってしまう。
このままこの話をしていても、僕が辛いだけなので、話題を変える。
「リア、宿まで後どれくらいかかる?」
「んーと、そんなにかからないです。あの角を曲がれば後は少し道なりに進むだけなので、露店に向かわれますか?」
「いや、露店は今度でいいかな……今は早く宿に行って休みたいかな」
僕の答えに、リージアははっとした後、申し訳なさそうな表情を見せる。
「そうですよね。ついて早々陛下にお会いしたんです、疲れは溜まっていますよね」
「そういえば、リアが普段いる場所って教会なの?」
寂しそうな表情を見せるリージアに、ふと思ったことを僕が尋ねると、パァッと花が咲いたかのような微笑みで話し始める。
……コロコロ変わる表情が面白いなぁ
「はい。私はいつも教会にいます。毎朝、神に祈りを捧げ、立派な神官様になるための学び、後は自由時間になります」
「学び?」
シオンが首を傾げる。
「はい。内容は様々ですが、知識・自己成長・主体的探究心とかそう言ったものです」
「?」
「つまり、戦う、生きていくための知識をつけて」
困惑した表情を見せるシオンに、僕は分かりやすく話す。
「例えば、シオンが皆を守るために強くなりたいと思ったら、少しでも近づくために頑張ったり、思考・判断力、人間性を育み。僕がこの街に来た時に周囲に持つ興味や疑問から問い、そして試行錯誤して自らの一部にする」
「……何となく理解した」
僕の説明に、まだ困惑した様子を見せるシオンだけど、何とか頷くレベルまで行けたようだ。そしてリージアは、僕の方を見て驚いた表情をしていた。それに気づいた僕は、首を傾げて尋ねた。
「えっと……何か違ったかな?」
「いえ、合っています。私が思ったのは、レナグは学びをしたの?」
「あぁ、そうだね。本に似たような記載があったから、ロザマリア……僕らが育った場所のシスターに聞いたら、なんか知らぬうちに授業が始まって」
話していくうちに当時のことを思い出す。
孤児院の書斎で見つけた一冊の本。
そこに書かれていた事を知りたくて、ロザマリアに尋ねた。
するとロザマリアは、満面の笑みを見せて、僕を椅子に座らせ、二時間コースの授業が始まった。
あれは辛かった……途中で席を立とうものなら、氷で造形された針がギリギリの所を横切っていくのだから……
「ロザマリア……とは、氷魔法を得意とした方でしたか?」
「え……」
突然食い気味に問うリージアに、僕ははっと意識を現実に戻し、きょとんとしてしまう。
そんな僕に気にすることなく、リージアはズイッと顔を近づけてくる。
「お歳をとっても実力が衰えることはなく、凛々しいお姿に、厳しい指導! それでも人望は減るどころか、増える一方の凄さ! けどある日を境に、ぱったりとお姿を消してしまった、あのロザマリア様ですか⁉ そうですね⁉」
「……ぇ、あの」
グイグイ来るリージアに、僕は動揺を隠せず、シオンもまさかのリージアの姿に驚いている。
「今もロザマリア様は、ご存命ですか? 私、一度でもいいので、お目にかかりたかったのです!」
「……ロザマリアは……亡くなったよ」
「……っ」
それまでランランと瞳を輝かせていたリージアは、僕の言葉を聞いてピタリと動きを止める。
「な、何故……亡くなった……のですか?」
絞り出したかのような声に、僕はあの時のことをゆっくりと話した。
最後は、勇敢にも子供たちを守ろうとし、同じシスターであったマリーを守っていたこと
それでも、相手が悪くロザマリアは命を落としてしまった。それを聞いたリージアは俯く。
少しの間俯いたままだったが、ポロポロと落ちる涙は誤魔化せはしない。
「ごめんなさい。何も知らないのに……あれこれと聞いてしまって……ごめんなさい」
「……大丈夫だよリア。僕の方こそ、そこまでロザマリアを尊敬してるリアにこんな辛い話をして、ごめんね」
何度も涙を拭うリージアに、どうすることも出来ず謝るしか無かった。
そんな時、リージアの右手首と僕の左手首を突如掴んできたシオンは、ずんずんと露店に向かって歩き出す。
「なぁリア、あの露店で美味しい食べ物紹介してくれよ」
「……ぁ」
「そうだね、何だかんだここに長居したからお腹すいちゃった。紹介してくれる? リア」
「……はい……はい。私に紹介させて下さい」
シオンの意図を理解した僕は、シオンの言葉の後に続く。
僕とシオンの言葉に、空いている手でもう一度涙を拭い、ぎこちない笑みを見せてくれる。
「二人はどんな物が食べたいですか?」
「肉だな」
「お手軽に食べられるやつかな」
リアの言葉に、僕とシオンが同時に答えるとクスッと僅かに笑った後、口を開く。
「では、お手軽に食べられるお肉にしましょう……それですと、串焼きがいいかもしれませんね。丁度あそこにあるんです」
先頭を歩くリージアが提案してくれた場所に向かって歩く。
道中、数店舗横目で見たが、本当に色んなものが売られていた。
僕たちが入ってきた場所を入口とした場合、入口側は雑貨がメインに置かれており、出口に近づくにつれて食べ物系に変わっていく。
食べ物系に近づくにつれ、美味しそうな香りが漂い出し、僕のお腹が僅かに鳴る。
「……」
「あはは、お腹すいたよな」
お腹を抑えて黙る僕に対し、シオンは笑いながら同意する。
確かにこの街に来てから何も口にはしていないが、まさかお腹が鳴るとは思ってなかった。
「お待たせしました、こちらが先程言っていた串焼きです」
僕のお腹が鳴ると同時に、走ってどこかに行っていたリージアが、三本の串焼きを持って帰ってくる。思わぬリージアの行動に、僕もシオンも笑ってしまう。
「あははっ、変わってるな! リア」
「ははは、ありがとうリア」
「な……そんなに笑わなくたっていいじゃないですか! むぅ」
串焼きを配りながら文句を言い、最終的には膨れる。
そんな姿を見て、さらに笑ってしまうのは仕方がないと思う。
そんなリージアの可愛い姿から少し経ち、機嫌が多少は回復した頃に再び宿に向かう道に戻る。
「そういえば、シオン……は、仲間を集めてるって聞いてますが、何か基準とかこういった人が欲しいとかあるんですか?」
先頭を歩くリージアが、シオンにそんな質問をする。確かに、仲間集めに必要なことだ。
僕もリージアと同じ疑問を持ち、シオンを見る。
シオンは、腕を組んで何かを考えているが何も思いつかなかったのか、僕の方を見てくる。
「そういった事は、レナグに任せた!」
「おい! 大事な事だぞ! それ」
思わぬ言葉に、反射的返す。
しかし、シオンは聞き入れる素振りを見せない。
「……っ、わかった。それじゃあこうしようか」
僕はそう切り出して、二人の視線を集める。
「基準・欲しい人に関しては僕が決めるから、最終的にはシオンが採用か不採用を決めるってことで、決まりな」
「なっ」
「リアもそれでいいよな!」
「え、あ、はい。問題ありません」
「はい! じゃあこの話はこれで決定!」
リージアの言葉で僕はすぐに話題を閉めた。
シオンは何か言いたげだったが、仕掛けてきたのはシオン本人だ。
僕はそれを返しただけだ。文句を言われる筋合いはない。
気づけば時間はあっという間に過ぎていき、いつの間にか夕方になっていた。
とりあえず、リージアの案内で宿に向かい始めてから約十分くらい歩くと、リージアは足を止めて、振り返る。
「こちらがおすすめの宿です」
「おー、豪華」
シオンが思ったことを口にする。
わかる。確かに、この建物が宿だなんて思えない程に豪華だ。
建物は白がベースで、模様のように窪みの線がいくつも引かれている。建物自体の広さや高さは、一般建築を二つ合わせたくらいの広さ、高さも一般建築を二つ縦に合わせたくらいで、結構高いが教会や城ほどじゃない。
横に少しズレて更に観察してわかるのは、各部屋にテラスがあることだけだった。
「この道を真っ直ぐに進むと、今日シオンとレナグが通ってきた道の大通りに出ます。教会とかがある道ですね」
「なるほど……じゃあ明日の待ち合わせ場所は、その大通りにしようか?」
リージアの説明に僕はあいずちを打ち、シオンに待ち合わせ場所の確認をする。
僕の提案にシオンはすぐに頷く。
それを見たリージアは、「分かりました。では、また明日大通りで」と言い残して、大通り側に向かって歩いていく。
僕とシオンはそれを見送った後、改めて宿を見た。
「なぁレナグ……俺たちって、もしかしてすげーのかな?」
「……ふふ、シオンが、すごいんだよ」
シオンの言葉に、思わず僕は笑ってしまう。
だってこんな豪華な宿に泊まることができるのも、宿代免除も、陛下にお会いしたのも、全てはシオンが救世主だったからだ。
おまけの僕に、これらが出来るかと問われれば、すぐに“いいえ”と答えられる。
「さ、いつまでもこんな所に立ってるのもあれだし、中に入ろうか」
「そうだな」
僕の促しに頷き、シオンは宿に入る。僕はその後を追った。
中に入れば、暗めの赤い絨毯が全面的に引かれたロビーが姿を見せる。
そして、二席だけ受付カウンターが置かれており、真後ろには二階に通じる階段がある。
僕とシオンは、真っ直ぐにカウンターに向かう。
「いらっしゃいませ、チェックインでしょうか?」
「チェック……イン?」
「チェックインとは、手続きのことです。どうしますか? チェックインしますか?」
「はい、チェックインでお願いします」
シオンの問いに、笑みを消すことはなく分かりやすく説明してくれる。そして再度確認してくれ、それに僕が答える。
答えを聞いた受付のお姉さんは、カウンターに置かれた紙の束から一枚の紙を取り、何かを記入し始める。
僕とシオンはそれを黙って見ていると、受付のお姉さんが何かを記入していた紙をこちらに渡してくる。
「それでは、この〇の印が付いている場所を記入してください。何泊するかで金額が変わりますので」
「あ、そうだ。シオン、あれ見せたら?」
受付のお姉さんの言葉であることを思い出し、シオンに提案する。
最初は何のことを言っているのか、ピンと来ていなかったシオンだったがすぐに、理解して懐からあれを取り出す。
「すいません。僕たちは、これで大丈夫と聞いていまして」
シオンが見せ、僕が補足する。
シオンが見せたのは神父から受け取った許可書。これを見せれば、宿に関しては何も考えなくて良い優れもの。
それを見た受付のお姉さんの動きは、一瞬固まったがすぐに満面の笑みに切り替わり、口を開く。
「そちらをお持ちでしたら、お二方の名前だけで十分です」
「あ、わかりました」
受付のお姉さんの言葉に僕は頷き、先に名前を書くことにする。名前の書く欄は、一番上にありとても分かりやすい。
僕が書き終わり、シオンが続いて記入する。
記入が終われば、受付のお姉さんに紙を渡す。
「ありがとうございます。それでは、部屋は一緒にされますか?」
「いえ、別でお願いします」
「畏まりました。それではこちらが、キーとなります」
僕の答えにすぐに頷いて鍵を二つ用意してくれた受付のお姉さんにお礼を言って、僕とシオンは階段を上がる。
階段の上はどうやら一般客室になっている様で、僕とシオンのキーを確認すれば、四階の301と302で隣同士になっている。
キーに付いているスティックにわかりやすく書かれていた。
「このスティックて、キーホルダーって奴かな?」
僕の呟きに、覗き込んできたシオンが頷く。
「確かそう呼ばれていた気がする……子供たちが話してたのを聞いたから」
なるほど、それならシオンが知っていてもおかしくない。なんて思いながら「へー」と口から洩れる。話しているうちに三階に着いたようで、周囲を見れば、どうやら三階は城で見た人たちが着ていた宝石など付けた女性やそんな女性を連れた男性がいる。三階は貴族が泊まる場所らしい。
じゃあ僕たちがこれから向かう四階はどんな人たちが泊まるのか……
「あれ、階段がない」
「ほんとだな」
僕の言葉にシオンも確認して肯定する。
どこかに行き方が書かれていないか確認をするが、どこにも書かれておらず、僕もシオンもお手上げ状態で立ち止まっているとそこに声を掛けてきた男性がいた。
「お客様、お困りですか?」
「あ、すいません。四階に行く方法が分からなくて」
話しかけてきたのは、姿的にここの人だろうと、僕は困っていることを話す。
それを聞いた男性は、一瞬目の端をピクリと動かし、何かを疑う様な視線を向けてくるが、本当に一瞬すぎて普通の人ならばわからなかっただろう。
しかし、森の近くで生活してきた僕やシオンには男性の視線に気づき、口を開く。
「そんなに疑うならこれを見れば、理解できるか?」
シオンが男性に向かってそう言いながら、許可書を見せる。それを見た男性は、再び一瞬だけ動きが止まる。
が、すぐに何事もなかったかの様に、シオンから許可書を受け取り、本物か確認した後、すぐに頭を下げてくる。
「大変申し訳ありませんでした。許可書も本物と確認が出来ましたので、お客様が泊まる四階への行き方を教えさせて頂きます」
先程と態度が打って変わった男性に、僕もシオンも疑いの視線を向けるも、すぐに聞く体制に入る。
「四階への行き方は、少し特殊でして」
男性はそう前置きをしてから、真っすぐの通路を指さす。
「この道を進むと、行き止まりに辿り着きます。そこまで行きましたら、そのホテルキーを壁に当てていただくと、四階に繋がる道が開かれます。
その道をまた真っすぐに進んでいただくと、少し特殊な魔法陣が刻まれた石があるので、それに触れていただくと四階に転移、という形で移動できます。降りる際も行きの逆の行動から始まる感じになります」
「なるほど……随分厳重な管理になっているんですね四階って」
男性の説明に僕は頭を整理しつつも頷き、そこまで厳重にする理由が気になり、男性に尋ねる。
僕の質問に男性は快く答えてくれる。
「あぁ、それについては四階に泊まるお客様は国賓かもしくは偵察中の陛下など、身分が高貴なお方や、大切にもてなさなければいけない方などが、泊まる階なのです。
そちらのキーホルダーの色的に、お客様は国賓級の扱いをしなければならない方々という目印にもなります」
「じゃあ最初っからこっちのキーを見せれば、大丈夫だったのかな?」
「もし先にそちらを見せていただいていた場合、疑いが深まったかもしれませんね」
僕の言葉に男性は満面の笑みで答える。
「質問は以上でしょうか?」
「あ、はい。大丈夫です」
男性の問いに、僕は頷き歩き出す。
シオンもすぐに歩き出して、横に並びながら先程男性が言っていた通りに行動していく。
まずは行き止まりまで行き、壁に向かってキーを当てる。道が開けたら進んで、魔法陣が刻まれた石に触れると四階に転移する。一瞬の眩しい光に、僕は目を瞑る。
光が収まると、ゆっくりと目を開ければ三階とは打って変わる。まるで城の中のように豪華な壁に柱などが目に入った。
「え、これ同じ宿?」
「城にいるみたい」
各々思ったことを呟き、周囲を見渡しながら自身の部屋に向かう。
割り当てられた部屋の前にこれば、これまた細かな細工が施されており、僕はそれをじっと見ていた。
「おーい、そろそろ中に入れよ……そんでもって寝ようぜ」
ドアノブを握りながらシオンがそう声をかけてくる。その言葉ではっと我に返り、シオンの言葉に頷き、僕も部屋に入った。
シオンが301号室で、僕が隣の302号室になっている。部屋に入って最初に目に入るのは、広い部屋だ。ここが主に過ごすスペースなのだろう。
扉の位置からは見えないが、部屋に入って見えた広いベッド。一人で寝るには本当に広すぎる。
「豪華な部屋だな」
そう呟きながら姿を見せたアング・レカムに視線を向けた。
「久々に見た気がする」
「私はずっとお前の側に居たぞ……ほぉ、ここから街の景色が見渡せるんだな」
「ほんとだ...…」
アング・レカムの言葉に、僕も窓付近に移動して街並みを見た。夕方の色に染まった街並みは、朝とはまた違った味を引き立てている。
外の様子を見ていたが、不意に強い眠気に襲われる。その事に気づいたアング・レカムが、僕の側に寄ってくる。
「まぁ、今日は色々あったからな……眠るがいい。今日は特別に私がそばで歌でも歌ってやる」
「いや、普通に寝るから平気だ」
「遠慮することは無い」
アング・レカムの提案に、即遠慮するがどうやら答えなど最初から求めていなかったみたいだ。
仕方なく、僕はベッドで横になり目を閉じると、傍で布団の上に乗られた感覚がくる。
少しして眠りに落ちていく僕の耳に届いた歌声は、どこか安心すると感じると同時に、懐かしさを感じさせて、そのまま僕は深い眠りに落ちた。
最後まで読んでくださりありがとうございます。次回も読んでくだされば、幸いです。




