第六幕…「これからの事」
神父の案内で、今、僕とシオンはこの街で一番大きく、立派な作りをした城の前にいた。
こういった城は、子供たちに読み聞かせていた本に出てくるだけだと思っていたが、世界は広い。
「陛下に謁見を申請してください。信託にあった救世主様とその家族を連れてまいりましたと、お伝えください」
僕の意識が遠くに行っている間、神父は入口の左右に立っている鎧の一つに話しかけていた。
神父の言葉を聞いた右側にいた鎧が、額辺りにビシッと手を添えて駆け足でその場を離れた。
「衛兵を見るのは初めてでしょう?あの鎧を着た方々は衛兵と言って、城を守るために存在しています」
「衛兵……護衛みたいなものですか?」
「それに近いですね。賊、言わば敵が現れた場合、衛兵は己の命と引き換えに、戦います。
それが彼らの役割ですからね」
神父の言葉に、僕は小さく「命と引き換え……」と呟く。
それが聞こえていたのか、シオンが話題を変えるために、神父に問う。
「ふーん、それじゃあさっきの衛兵は、どこに行ったんですか?」
「私と話していた衛兵は、陛下への謁見の申し出を伝えに向かいました。陛下は忙しい方ですから」
神父の言葉に、シオンが首を傾げる。
「じゃあなんで入らないんですか?」
「許可なく立ち入ることは禁止されており、もし守らなければ残っているもう一人の衛兵に取り押さえられます」
神父の話を聞いている間に、ガシャガシャと音を鳴らして衛兵が戻ってくる。
「神父様、謁見の間へどうぞ……付き人は」
「いえ、大丈夫です。もう謁見の間までの道は覚えているので」
「畏まりました。それではどうぞ、お通りください」
衛兵はそう言って、門の横で待機していたもう一人の衛兵に顔を向ける。
顔を向き合ったまま数秒、互いに頷き合い、そして一拍置いてから手に持っていた槍の、刃が無い方で地面を二回カッカッと打ち付ける。
するとその音が合図のように門が開く。
「さぁ、行きましょう。
城の中は私が案内をするので、ご安心ください」
神父はそう言って歩き出す。
僕とシオンはその後を追って歩く。
門をくぐった先は、僅かな庭園が拡がっていて少し先には再び門があった。
神父は迷いなくその門を開けて中に入り、僕とシオンは後に続いた。
二個目の門の先は城内で、道の真ん中には赤い布が引かれていた。
「ふふ、物珍しい物が沢山ありましょう……レナグくんが気になっている、床に引かれたこの布は、絨毯と言います。
一般の方で引いている場所は無いですが、貴族の方々の家には一般的に引かれています。」
「へー、すごい不思議な感じですね」
神父はクスクス笑いながら再び歩き出し、僕とシオンはただついて行く。ただ、周囲が気になり、キョロキョロと見ながらだが
暫く真っ直ぐ歩いた後、他よりも細部がこだわった扉が見えてくる。
扉の上下左右には花の彫刻、間には薔薇の蔦のような紋様が掘られている。
人の背丈よりも倍の大きさもある扉の前に立ち、神父は僕とシオンの方を振り返る。
「私が先導しますので、お二方はこのまま後ろから着いてきてください
そして、私が片膝を着いた時、お二方もこの様に膝を着いて頭を下げてください
陛下から許可がない限りは、頭は下げたまま。そして声を出すこともなるべくなら、控えてください」
「わかりました。シオンも理解したか?」
「あぁ、大丈夫だ。つまりは、神父様の動く通りに動けばいいんだろ?」
「それもだけど、その話し方はダメだからな...敬語を使うんだぞ?
はい、です、を使うんだ」
シオンの言葉は予期していたが、流石にタメ口はダメだろう……
僕とシオンの会話を聞いていた神父は、クスクスと笑ってから表情を引き締める。
「では、陛下に謁見しましょう」
神父がそう言って、前を向いたと同時に、それが合図であったかのように扉がガコッと音を鳴らして開く。
徐々に見えてくる謁見の間に、僕は一度深呼吸をしてから神父に続いて歩く。
謁見の間はとても広く、通路を挟んだ左右には、豪華な衣装に身を包んだ男女が僕らをじっと値踏みをするように見つめている。
僕の視線は少しズレて、陛下の座る椅子へ向けた。
縁は金色で、僅かに見える赤いクッショには一定の距離感で宝石が埋め込まれている豪華な椅子。その椅子に、優雅に座る陛下。
途中には僅かに階段があり、神父は階段を登って少し歩いた先で優雅に膝をついて頭を下げた。
僕とシオンも、さっき神父に習った通りに、膝をついて頭を下げる。
それから少ししてから、陛下と呼ばれた男が口を開く。
「我が名は、ロベルキア・ディスペリア。
良く来てくれた、救世主よ
……神父、彼らの名を教えよ」
「畏まりました、陛下」
ロベルキアと名乗った陛下は、神父に僕たちの名前を教えるよう言うと、神父はスっとそのまま立ち上がり、深々と頭を下げて了承する。
ゆっくりと振り返り、まずは僕の隣に立つ。
「陛下。こちらの方は、名をレナグと言います。
救世主様の家族で、ディスペリア国家に辿り着くまでの道中、我々を守りながら戦ってくださいました。
救世主様の力に、とてもなるお方です」
「ほぅ」
神父の紹介に、僕を見る視線が一瞬鋭いものに変わるが、神父はそれを無視して、今度はシオンの隣に立つ。
「そして陛下。こちらの方が救世主様で、名をシオンと言います。
シオン様は、レナグ殿とはまた違い。
ディスペリア国家に辿り着くまでの道中、魔物に遭遇する度、先陣を切り、魔物を引き付けては倒し続けておりました。」
「おぉ、なんと頼もしいことか」
神父の説明に、陛下はとても嬉しそうな声音で反応する。
それから軽く咳払いをしてから、陛下は重い口調で口を開く。
「救世主よ、お主に頼みがあってな
……今、この世界は滅びへと向かっている可能性がある事が、帝国との会議でわかった。
そこでお主には、ディスペリア国家と帝国の間にはある不可侵域が存在している。
その不可侵域には、世界の命と言える世界樹が存在している。
そこへ赴き、世界が崩壊しかけている原因を調べて来て欲しいのだ。
準備期間は一ヶ月。その間に旅に連れていく者を決めておくように」
断ることは許さないとでも言うように、陛下はするべきことを言い切る。
ここまで言われてしまえば、平民である僕やシオンは拒否をすることが出来ない。
シオンに目配せすれば、何て言えば良いのかわからない様子のシオンが確認できる。
どう答え方を教えたもんかと考えていると、説明を終えてから黙っていた神父が発言の許可を求める。
「陛下、発言の許可を」
「許す。申してみよ」
「それでは僭越ながら。世界樹がある不可侵域には強力な結界があると、伺ったことがございますが?」
「あぁ、それは存在する。
昔に兵を向かわせた時にその事がわかった」
陛下と神父がそんな話をしている間に、僕はシオンに小声で話しかけた。
「シオン。陛下と神父様の話が終わったら、“その話、承りました”って顔を上げずに言うんだ」
「……わかった。ありがとう、レナグ」
僕の言葉に、素直に感謝する。
少しすると、陛下と神父の話が終わったようで、再び陛下はシオンに視線を向けた。
「先程の会話が聞こえていたと思うが、不可侵域に入るには強力な結界を張った者をどうにかする必要があるらしい。
様々と押し付ける形にはなるが、やってくれるか?救世主」
「はい。その話、承りました」
シオンがそう返せば、周囲の誰もが安堵する空気を出すのがわかる。
シオンが返事をしたことにより、今日の謁見が終わったらしく、神父は「では、失礼致します」と声をかけてから僕とシオンを伴って退席した。
廊下に出ると、僕もシオンもはぁっと息を吐く。
今更ながら冷や汗が滲んでくる。
そんな僕たちの反応に神父は、ふふっと笑いながら振り返る。
「これにて謁見は終わりましたが、お二人は何か聞きたいことなどはありましたか?」
「僕はこれと言ってないです。
陛下の説明も理解しましたから、シオンが分からない所は僕が教えます。
……シオンは個人的に何か神父様に質問は何のか?」
「俺?俺は特に……あぁ、なんか仲間を集める話って誰でもいいのかな?」
シオンの呟きに、神父は頷いてから答える。
「構わないと思います。救世主様が信頼できるのでしたら」
「信頼……ね~」
神父の答えに何か言いたげに、目を細めるシオンに僕は何も言わずに、とりあえずに話題を変えることにする。
「それにしても一ヶ月の準備期間なんて長いですね」
「何を仰いますか?これから救世主様は、世界樹に向かうために、様々な準備があると思いますが」
僕の言葉に困惑の表情を見せる神父に、僕は思わず首を傾げる。
この話題もなんだかダメな気がしてきたため、更に話題を変えるために僕はシオンを見た。
「とりあえず、当分泊まれる宿を見つけてから今後を考えるか」
「そうだな……ここにいたら疲れるし」
僕の提案に肯定するシオンに、移動をしようとした時、神父に止められる。
「街の宿に泊まるのでしたら、国から支払い免除の証を貰いましょう
露店は支払ってもらいますが、宿に関しては証を提示するだけで支払いが免除になるのです」
「それは便利ですね」
「ではすぐに手続きしてきますので、玄関で待っていてください」
「わかりました。何から何まですいません」
「気にしないでください。こちらに来てもらったのは、私たちの都合のようなものですから」
神父はそう答えてから、手続きをしにどこかに向かう。
残された僕とシオンは、とりあえず玄関に向かいながらこれからの事を話す。
「宿のことは気にしなくて済むようになったけど、これからの衣食と旅に使うお金は必要になる……僕の持ってるお金もいつかは尽きるし、どこかで安定してお金を得る方法は無いかな」
「その場に居なくても稼げる方法なぁ」
「……そういえば、魔物を倒した時によく出る玉ってお金になったりするのかな?」
「あぁ、個体によっては大きさが違うよな」
二人で腕を組んで、ん〜と唸っていると「お待たせしました」と声をかけながら近づいてくる神父と、その背後には一人の少女の姿があった。
「こちらが先程話していた許可証です」
「え、二枚ですか?」
「はい。旅の途中、何が起きるか分かりませんから、予備です。
そして紹介したい者がおります」
神父はそう前置きをして、後ろに控えていた少女に近づくように指示を出す。
少女は神父よりも一歩前に出て、柔らかな金髪を隠すかのように、長めのベールを付け、宝石のような深い青の瞳を揺らす。
白い肌の頬を僅かに赤らめて、ベールを握る手に力が入っていくのが分かる程に、緊張した面持ちで口を開く。
「お、お初にお目にかかります。き、教会本部、神官見習いのリージアと、申します」
「教会本部の神官様が何故?」
「さ、様だなんて……私にはいりません。お気軽に、リアとお呼びください」
「それじゃあリア、僕から挨拶をさせて下さい。
僕はレナグ、気軽にレナグと呼んでください」
「俺はシオン。レナグと同じで、気軽にシオンと呼んでくれ」
「わ、わかりました」
ふぅっと少し緊張が溶けてきたリージアは、胸元に手を置いて息を吐く。
そんな姿を横目に、僕とシオンは神父を見る。
僕とシオンが言いたいことが、すぐに理解したのか、神父は優しく微笑む。
「突然このような紹介の仕方をしたのは、これからの事を考えてのことでした。
私はここを出れば、もう付き添うことはできません。
そして救世主様たちも、突然この様な街へ来ても、何がここでの常識か分からないし、聞きたいことがあっても答えてくれる人はいない。
そんな状況を避けるため、見習いながらも神官の座に付いたリージアが入れば、常識も聞きたいことも基本は答えられると判断しました。
なので、この様な紹介の仕方になってしまいました……リージアも突然の申し出に戸惑ってしまっただろう」
「いいえ、神父様。
頼ってもらえて私は嬉しかったです。
ということなのですが、レナグ…さんとシオンさん、私を旅の仲間にしてもらえませんか?」
神父からの紹介で、このタイミングも、リージアの旅仲間にして欲しいという申し出も、僕的にはこれからのことを考えて、嬉しかった。
けど、仲間にする選択権を持つのは救世主であるシオンだ。
僕は何も言わず、そっとシオンに視線を向ける。
「……」
「良いけど、条件がある」
真剣に言うシオンに対して、リージアはごくりと唾を飲みながら「何でしょうか」と返事を返す。
「まずはその敬語を外そうか……それから、俺とレナグが出発するのは一ヶ月後。
それまでに、俺とレナグの両方から信頼を得ること、だな」
「おい、僕まで巻き込むなよ」
「いいだろ?」
「はぁ……それじゃあ、リアは仮の仲間って感じかな?よろしく」
シオンとのやりをした後、僕はリージアに手を差し出す。
その手を少しの間見つめた後、リージアはおずおずとその手を取る。
「お、お二人の信頼を得られるように、が、頑張りたいで……頑張るね」
シオンの選択に僕は何も言うことはなく。
むしろ安心した。
僕はリージアが仲間になることに、シオンはとても喜んで許可を出すと思っていた。
昔からシオンは家族が増えることを喜んでいたから、それが僕の中では根強く張っていて、本当のシオンが見えていなかったのかもしれない。
しかし、今回の事で僕はこれからの仲間集めは、シオンに任せきっても大丈夫だと確信できた。
僕が限られた期間の中で、シオンを助けられるのはシオンの出した条件に協力することくらいだろうか……
僕がそんなことを考えていることを知らないシオンたちは、神父に軽く何かを話して扉に近づいて行く。
僕も後に続こうと、歩き出そうとした時、神父にまたしても止められる。
「あ、レナグくん、少しいいかな?」
「はい?」
「君はこれから、ありとあらゆる困難に見舞られるでしょう……しかし、どうかご自身の選択に後悔はしないでください。
その結果は、自ずと見えてきますから」
突然の神父の言葉に、僕は何も言えずにその場に固まる。
漸く口を開こうとした時には、シオンに声を掛けられた。
「レナグー、何してる?行くぞ?」
「あ、うん。今向かうね……神父様、先程の言葉は信託だと信じて心に刻んでおきますね。
では、これで失礼します。ここまでの道中、案内など様々なことを教えて下り、ありがとうございました」
深々と頭を神父に頭を下げてから、シオンの元に走って行く。
これからの一ヶ月間は、旅の準備や仲間集めと、とても忙しくなるはずだ。
僕はこれからの一ヶ月間で、少しでも多くシオンとの思い出を作り、そして僕が既に選択した道を神父がくれた信託通り、後悔なく歩んで行こうと、再度決心する。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
次回の投稿予定日は、6月15日になります。




