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掌編集:無知の箱  作者: むい


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3/6

恋した金魚

 青い水の中を漂うように泳ぐ、上等な金魚のような、君に恋をした。

 いつも君はそこにいた。小洒落た街角に不釣り合いなプールの中。静かに息を吐き出す君は、何よりも美しく見えた。君に会いに行くと、僕はいつも、君の回りの人間に追い出される。上等な君とはすべてが違うんだ。君はなにもしなくても生きていけるけど、僕は盗みをしなければ生きていけない。そんなことは、わかりきったこと。

「また、あいつに会いに行くのか」

 汚い、野犬みたいな男が笑う。脂と埃にまみれた髪、傷だらけの身体。僕はこいつが嫌いだ。全てに、わかったような口を利く。僕の恋が叶わないなんて、まだ、わからないのに。

「君には関係ない。好きにさせてよ」

 野犬の男は、嘲笑ともなにともつかない笑い声を吐き捨て、僕を一度睨んでからその場を去る。ああ、腹が立つ。


 角を曲がる。君のいるプールが見えた。心臓が跳ねる。足が、少しもつれた。


 プールの水面が、静かに揺れている。ただ、それだけだった。君はいなかった。

「だから、言っただろう」

 野犬の声が降ってきた。空を仰ぐ気にもなれなかった。

「金魚の寿命は短いんだよ」

「犬の癖に、なんでそんなことが言えるのさ」

「お前だって猫だろうが」

 ――そんなことは、わかってるよ。

 頭の上から声を降らす犬の声を、僕はただ黙って受けていた。

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