第四話「川を渡った」
父が、カスパルをローレライの岩の近くまで舟で連れていくことになった。
エルザも乗った。
舟が出た。
川は、速かった。
岩が近づいてきた。
カスパルは、舟の端に座って、川を見ていた。
岩を見ていた。
流れを見ていた。
岩の近くに来た。
川が、狭くなっていた。
流れが、速くなっていた。
父が、慎重に棹を操った。
「ここが、一番速いです」とエルザは言った。
「感じます」とカスパルは言った。「舟が引っ張られるような」
「引っ張られます」とエルザは言った。「知らない者は、ここで流れに負けます」
「怖いですね」
「怖いです」とエルザは言った。「しかし、美しい」
「両方ですね」とカスパルは言った。「怖くて、美しい」
「そうです」とエルザは言った。「この川は、いつもそうです。怖くて、美しい」
岩の傍を通り過ぎた。
川が、また広くなった。
流れが、緩やかになった。
カスパルは、来た方向を振り返った。
ローレライの岩が、遠くなっていた。
「何かが聞こえた気がしました」とカスパルは言った。
「何が聞こえましたか」とエルザは言った。
「川の音が、音楽に聞こえました」とカスパルは言った。「岩の傍を通った時に」
「伝説の歌ですか」とエルザは笑った。
「そうかもしれません」とカスパルは言った。まじめな顔で。
父が、舟を返した。
川を、戻っていった。
(第四話 了)




