第五話「音楽の夜」
その夜、カスパルが弾いた。
宿の食堂で、他の客たちも聞いた。
ローレライの岩の近くを通った時の音楽だった。
速い流れの音楽だった。
岩が迫ってくる音楽だった。
そして、通り過ぎた後の、広い川の音楽だった。
エルザは、聞いていた。
川の中にいるような感じがした。
舟の上にいるような感じがした。
音楽が終わった。
食堂が、静かになった。
「ライン川ですね」と父が言った。
「そう聞こえましたか」とカスパルは言った。
「聞こえました」と父は言った。「岩の傍の流れが、出てきた。よく分かりました」
「船頭の方にそう言ってもらえれば、正確に書けました」とカスパルは言った。
エルザは、カスパルを見た。
「怖くて、美しい音楽でした」と言った。
「あなたの言葉を、そのまま使いました」とカスパルは言った。
「私の言葉を」
「怖くて、美しい。それがこの川だと言ったので」とカスパルは言った。「そのまま音楽にしました」
エルザは、川の方を見た。
夜のライン川は、暗かった。
しかし、流れる音がした。
「もう一曲、弾いてもらえますか」と言った。
「どんな曲を」とカスパルは言った。
「この川を、毎日見てきた者の気持ちの曲を」とエルザは言った。「怖くも美しくもなく、ただ傍にある川の曲を」
カスパルは、少しの間、エルザを見た。
それから、また弾き始めた。
(第五話 了)




