第二話「竪琴の音」
夜、竪琴の音がした。
宿の中から聞こえてきた。
エルザは、廊下に出た。
音は、男の部屋からだった。
扉越しに、聞こえてきた。
聞いたことのない音楽だった。
ライン川沿いの村では、聞いたことのない音楽だった。
どこから来た音楽か、分からなかった。
しかし、美しかった。
川の流れに似ていた。
速い部分と、静かな部分があった。
翌朝、男が食事に来た。
エルザは、パンと肉を出した。
「昨夜の音楽は、あなたですか」と言った。
「聞こえましたか」と男は言った。「うるさかったですか」
「うるさくありませんでした」とエルザは言った。「川に似ていました」
男は、エルザを見た。
「川に似ていた」と繰り返した。「そう聞こえましたか」
「ライン川に似ていました」とエルザは言った。「速い部分と、静かな部分が」
男は少しの間、考えた。
「そう聞こえたなら、良かったです」とやがて言った。「ライン川の音楽を、作ろうとしているので」
「ライン川の音楽を」
「この川のことを、音楽にしたいと思っています」と男は言った。「だから、歩いて来ました。川沿いを、上流から」
「どこまで歩くつもりですか」と男の名を聞かずにいたことに気づいた。「お名前を聞いていませんでした」
「カスパルです」と男は言った。「作曲家です。ケルンから来ました」
(第二話 了)




