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第一話「岩の傍に来た男」
ライン川は、緑だった。
山が両岸に迫り、川が細くなる場所があった。
そこに、岩があった。
高い、切り立った岩が。
ローレライの岩と、人々は呼んでいた。
岩の傍に、小さな村があった。
船頭たちが住む村だった。
ライン川の急流を知り尽くした者たちが、代々暮らしていた。
エルザは、その村で生まれた。
二十二歳だった。
父は船頭だった。
兄も船頭だった。
エルザ自身は、村の宿屋を手伝っていた。
ライン川を、毎日見て育った。
緑の川を。
ローレライの岩を。
川が細くなる場所の、速い流れを。
ある秋の午後、見知らぬ男が宿に来た。
旅装だった。
ライン川沿いの道を、上流から歩いてきたようだった。
背に、荷物を持っていた。
荷物の中から、楽器が顔を出していた。
「一夜の宿をお願いできますか」と男は言った。
「どうぞ」とエルザは言った。「お一人ですか」
「一人です」と男は言った。
それから、宿の窓から川を見た。
「ローレライの岩が、見えますね」と言った。
「見えます」とエルザは言った。「毎日見ています」
「うらやましい」と男は言った。
エルザは、男を見た。
旅人が、ローレライの岩をうらやましいと言うのは、珍しかった。
多くの旅人は、岩を怖れた。
(第一話 了)




