第八話
「カイ」
後ろから呼ばれ、ハッとして振り向く。
「あ、ユウマ」
「お前……大丈夫か?」
「いや、大丈夫では、ない」
「だよな……」
カイは受験勉強に追われていた。
志望校は暁星高校に決まったものの、なかなかテストの点数が上がらなかった。
「俺の方が内申酷いから」
「え、生徒会入ってるくせに」
ユウマは生徒会で書記をやっていた。
内申は高いはずなのに、一向に教えてはくれなかった。
「でもさ、話したんだろ?」
ユウマはにやにやとして話し出す。
「ま、まぁ」
「で? いい感じになった??」
「いや……なんというか、その」
「なんだよー、勿体ぶるなって」
あのこと、話していいのか。カイはそう思っていた。
それ以上に、マヤのことが心配だった。
あの日は途中で総下校の時間になってしまい、サキの話も途中で終わってしまっていた。
病気のことも詳しくは話してくれなかった為、現在は治っているのかすら分からなかった。
「まー、あの日のことは秘密で」
「え! なんでだよ!」
「色々あったから」
「何!? なんなの!? 気になるじゃんか!!」
「……チャイム鳴るから」
「あーまたそうやって」
そういった途端チャイムが鳴る。
ユウマは予言しただのなんだのと騒いでいたが、カイの頭の中はマヤの心配でたくさんだった。
マヤは途方に暮れていた。
家に一人、まさに取り残されたかのような気分だった。
アコはヨウスケと連絡が繋がらなくてユミコと警察に行ってしまうし、浜代家に電話をしたらユイが出たけれど、全然話が通じないし。
マヤは、どうすればいいのかわからず、この前のことを考えていた。
つい勢いで病気の事やサキの事を話してしまった。
これからどう誤魔化せばいいのか……。
マヤは思った。
カイを、味方に付けてしまえばいいのだ、と。
だいぶ強行手段だが、話を広めない為には、そうするしかないのだ。
マヤはさっそく浜代家に電話をしようとした。
ふと、横から聞こえる音に耳をすませる。
『速報です。イギリス都心部で大規模な火災が発生しました。今現在の死者は二十六人、負傷者は四十人ほどとのことです』
「え……な、にこれ……?」
テレビに映し出された映像は、残酷にもビル全体を火が覆っていた。
ヨウスケは生きているのか。マヤは段々と不安になっていた。
続けて新しい情報が流れ込んでくる。
『日本人死者は現在おらず、負傷者には何人か含まれている模様です』
マヤは心底ほっとする。
「よかった……生きてる」
安心したのもつかの間、マヤの近くにあった電話が鳴る。
「もしもし?」
「マヤ! お父さん、生きてたよ!」
「うん、今、テレビで見た……よかった」
「……でも」
アコの声はどこか悲しげだった。
「でも?」
「お父さんね、張り切りすぎちゃったみたい……」
「火傷した?」
「階段に残ってた人、みんな助けようとしたって。それで、煙吸い込んじゃって、屋上で救出されたけど、まだ、起きてない」
「え、意識不明……ってこと?」
「でも、死んでない。生きてる」
「……そっか」
「時間あったら、病院おいで。勉強忙しいだろうから、無理しなくていいよ」
「うん」
「じゃあね」
「……うん」
マヤは無言で電話を切る。
その頬には、涙が伝っていた。
次の日、マヤは学校を休んだ。
ヨウスケがいつまで経っても起きないと、アコからの連絡が来ていた。
いつも側で支えてくれていたヨウスケの存在は、マヤにとっても大きかった。
その分、衝撃も大きかったのだ。
アコはヨウスケの看病があり、病院で寝泊まりをしている為、マヤはしばらくの間家に一人だった。
お昼ご飯を食べ終わり、洗い物をしているとき、家のインターホンが鳴った。
「……宅配便かな?」
そう思ったマヤはそそくさと玄関に向かう。
画面には見覚えのある顔があった。
「……浜代さん?」
なぜ自分の家を知っているのかと、少し怯えながら、応答ボタンを押した。
「はい」
「あ、浜代です、浜代カイです」
「……はい」
「ちょっと、差し入れ」
マヤはゆっくりとドアを開ける。
目の前には、走ったのか、少し汗をかいているカイがいた。
「今はもう秋のはずなのに、暑いね……」
そう言ってカイは手で仰ぐような仕草をする。
「……大阪のおばちゃんみたい」
カイは内心ビクッとした。
まさか、当てられるとは……。
ユミコの癖が移っているのか、カイはたまに関西人らしい行動をしていた。
それも、無意識になってしまうのだ。
「あ、これ、お姉ちゃんが、食べてって」
カイの手にはタッパーに入った大量のきんぴらごぼうがあった。
「え、こんなに?」
「うん、多いよね。お姉ちゃん、一度作りだしたら止まらないんだよねぇ……」
マヤはくすっと笑った。
「あっつーーい! もう、これ、溶けちゃう」
確かに、とマヤは思う。
秋なのに、空は晴天、湿度も高かった。
まだ、秋は始まったばかりだというのか。
それどころか、まだ夏も終わっていないのか……と、マヤは少し項垂れた。
「あ、上がる? 暑いでしょ」
「いいの?」
「今、私しかいないし」
「……お邪魔します」
マヤはカイをリビングへ案内した。
「そういえば、なんで私の家知ってるの?」
「なんでって……すぐそこだし」
「え、そうだっけ」
「うちのお母さんと、アコさん、病院同じだったらしい」
「あー、そんなこと言ってたような……」
「お姉ちゃんが、せっかくだから会いに行ってきたらって」
「お姉ちゃん、優しいんだね」
「勉強のことになると、ちょっとめんどくさい」
カイは呆れた顔で笑う。
「あ、そうだ」
「この前の、続き。まだ話してないよね」
「あっ、でも、嫌なら……」
「嫌じゃないから、話す」
そう言うと、マヤは窓際に座った。
マヤは手でカイに隣に座るよう合図をする。
カイは恐る恐る、マヤの隣に座った。
「……横顔、アコさんにそっくり」
「そう?」
マヤの横顔は、アコの綺麗なラインにそっくりだった。
「サキの話からしよっかな」
「サキは、ナナカと同じくらいのときから幼馴染で。すごい面白い子なの」
「ギャグセンス高いし、気使えるし、もう、なんでも出来る子って感じ」
「……まぁ、もういないんだけどね」
カイは驚いた。
あんなに楽しそうに話していたのは、悲しさを紛らわす為だったのか、と。
「私が悪性関節リウマチで入院してるとき、急にいなくなった」
「自殺、だった……私、ずっと気づけなかった。サキが、虐められてたこと」
「それに、原因、私だったみたい。私が、入院して、それをサキが庇って、虐められて…全部、全部、私のせいだった」
「でも、謝る前に、いなくなっちゃった」
マヤは綺麗な涙を流した。
さっきとは違う、まるで絵のような涙だった。
「私、どうしたらいいの?」
静かな部屋に響き渡るその声は、とても悲しかった。
カイはその声を、聞くことしか出来ないでいた。
「ねぇ……浜代さん……助けてよ、お願いだから……」
さっきよりも涙で覆われた頬で、マヤは訴えた。
「あ……」
カイには、マヤを抱きしめることしか出来なかった。
「浜代……さん?」
「大丈夫。宇美床さんは、一人じゃない。仲間がたくさんいる。俺も、その仲間の一人だから」
「……ありが、とう」
マヤの目から大粒の涙が溢れ出す。
カイはその涙を、ひたすらに受け止めた。




