第九話
今日は、ユウマの最後の大会の日だった。
顧問に引退したいと言ったものの、大会だけでも出てほしいと粘られたのだ。
この大会が終われば、集中して受験勉強に取り組むことが出来る。
だからこそ、この最後は本気で走ろうと、決意したのだった。
「なんで今日に限って寒いのか……」
カイはユウマを応援しに来ていた。
その隣には、ユウマを見に来たナナカと、ほぼ強引にナナカに連れてこられたマヤもいた。
「もう、寒さなんてぶっ飛ばせ! 浜代! 男だろ!!」
「なんか、幹田ってユウマに似てきた?」
「い、いやいや、そんなことないですわよ?」
「あれ、もしかしていい感じなの?」
「は!? マヤさん、あだ名、マヨさんにしますわよ!」
「マヨさんだけはやめて!」
カイは二人を横目に笑っていた。
「あ、始まった!」
スタートの合図が出た途端、会場の空気に熱が入ったのが分かる。
マヤは寒さなど忘れ、全力でユウマを応援していた。
大会は、チーム戦で二位、個人戦で三位という結果に終わった。
一位を取れなかった悔し涙を流すユウマを、三人で励ましていた。
「みんな、ごめん……変な期待させて」
「いや、すごいって! 二位はすごい」
「すごいと思うよ、こんなに強い人ばっかりいるのに……」
「ユウマ。お疲れ様」
「さ、これで部活は終わりだし、勉強も疲れるし、みんなでどっか遊びに行こ!」
ナナカがノリで言った言葉に、みんなが賛同する。
「今から行っちゃう?」
「そうだね。まだ午前中だし」
「俺、着替えてくる」
大会は午前中に終わった為、少し肌寒い中、四人でこれから出かけることにしたのだった。
「いーや、寒いわ」
「陸部のユニフォームって、なんであんな寒そうなの?」
「凍え死にそう」
みんなが口々に喋るのを、カイがまとめる。
「えっと、どこ行く?」
「どっか、暖かいとこ行こ」
「そうだね」
「あ、もう、近くのカフェにしよ」
「いいね〜、カフェでいっか!」
緩い空気を感じながら、四人は近場にあるカフェに向かった。
意外にも店内は空いていて、四人はまだ午前中だったことを思い出す。
「そっか、ここら辺、学校帰りの学生多いもんね」
「そりゃ、空いてるか」
四人は出来るだけ窓から遠い席に座った。
何を話したらいいのか分からず、誰も口を開けようとしない。
その姿は、まるで修学旅行の決め事をしたときのようだった。
結局、一番に口を開いたのはカイだった。
「ていうか、なんでこのメンツ?」
「確かにね」
「……なんとなく!」
「あんまり、面識ないよね」
もう、自己紹介から始めてしまおうと、カフェでの四人の集まりが、全ての始まりだった。
「浜代カイです……志望校は、暁星高校で、あ、呼び方は、なんでもどうぞ」
「なんか、みんなカイって呼んでるよね」
「小学校が、そういうとこだったから」
「確かに、俺らの小学校だけそんな感じだったよな」
「私たちのとこは、もうなんか、女! 男! って感じだった」
「……あってるけど」
「あってるんだ!?」
「ほんとに、そんな感じ。二手に分かれてた」
「当たり前と思ってたけど、そんなこともないんだな」
「じゃ、私やりまーす」
「幹田ナナカ、最近十五になりました! おめでとう私! 志望校はまさかの浜代と同じです。呼び方は、ナーちゃんとか、ナナカとかでいいよ」
「私、たまにナナカって呼んでるかも」
「マヤは基本ナーちゃん呼びだけど、焦ったときとかビックリすると急にナナカになるよね」
「あとは気分」
「二人は、幼馴染?」
「結構小さい頃から。幼稚園? 小学校?」
「幼稚園のときも関わりはあったけど、仲良くなったのは小学校からかな」
「てか、おめでとう」
「あ……ありがとう」
「おっと? ナナカさん、キュンキュンですか?」
「や、やめろし!」
「ふふ、次私でいいかな?」
「宇美床マヤです。志望校は、まだちゃんと決まってないけど……全日制は、諦めかけてるかな。呼び名は、なんでもいいです」
「あ! マヨはなしね!」
「なんでマヨだめなの?」
「ナーちゃんが昔、マヤがマヨに見えるって言って、ずっとマヨマヨ言ってたの!」
「何それ、面白すぎでしょ」
「やめて! 笑わないで!」
「マヨ〜マヨマヨ〜」
「ナナカ! やめなさい!!」
「まぁまぁ、冗談冗談」
「はぁ〜……」
「あ、俺最後か」
「石川ユウマ、十五です。志望校はまさかの三連暁星で、呼び名はなんでも! よろしく」
「え、みんな暁星高校なの?」
「あそこ、偏差値高いけどいいとこなんだよね〜」
「推薦もあるから、有利なんだよ!」
「ふーん……」
「マヤも、頭いいんだから」
「そうだよ! 宇美床さんって、普通に頭いいじゃん」
「え、なんで知ってる?」
「幹田が教えてくれた」
「あっ」
「ナーちゃん????」
「はい……」
「ナーちゃん???????」
「すいません……」
「やめて???」
「善処します……」
「こ、怖い……」
マヤを怒らせてはいけない。そう思う二人だった。
それからは、四人それぞれ、下の名前で呼び合おうと決めた。
この四人が集まったのは、何かの縁だから、今のうちに仲良くなっておこうと、誓ったのだった。
それにしても、マヤは気づいたことがあった。
この四人でいると、会話が楽しいのだ。
高校のことも話していて苦にならないし、名前も下の名前で呼んだ方が楽だと思った。
四人でよく話すようになってからは、マヤがいる教室にみんなが会いに来るようになっていた。
「マヤーー」
滑り込むように入ってきたのは、カイだった。
「スライディングですか?」
「スライディングです!」
「おぉ、エキサイティング!」
訳の分からないいつも通りの挨拶を交わし、二人は談笑を始める。
「伴奏さ。もう、やばい」
「どうすんの? 手、どうやって大きくする?」
カイは関西人ということも二人に打ち明けていた。
打ち明けられた二人は全く動じず、逆に打ち明けてくれて嬉しいとまで言ってくれた。
「手はもう仕方ない。気合いでなんとかする!」
話しているのは、伴奏の手の大きさの話だ。
この前、流れの練習を全クラスの伴奏でやっていたとき、カイは気づいたのだ。
「自分の手、ちっさすぎる」
ギリギリ届くのだが、少し早い譜面になると、勢いで弾くのが精一杯だった。
「でも、受けてしまったもんは仕方ない!」
「よっ、その意気だ!!」
伴奏の二人は、ピアノのあるあるなどを話すうちに、どんどん仲を深めていった。
「ペダル、急に踏み忘れるんよ」
「えぇ……そんなことある?」
「いやぁ、自分でもわからん……なんでやろか」
「もう、疲れ溜まってるんだよ、きっと」
「せやな……たまには息抜きも大事や」
「ほんとほんと! 無理しすぎると勉強も出来なくなるから」
「……あのさ」
「うん」
「急なんだけどさ?」
「うん?」
「顔、綺麗過ぎない?」
「え?」
「いや、顔……綺麗だなーって」
「え、何それ、告白!?」
「んー、いや、感想」
「なに感想って……」
「いやまぁ、気にしないで」
「カイって、たまに変な事言うよね」
「そう? ……いや、マヤの方が言ってると思うけど?」
「え??」
「いやだから、マヤの方が……」
「え?????」
「すいません、なんでもありません……」
「確かに、私も変な事言ってるか……」
「急に空からポッキーは驚くから」
「あぁ……そんなこともあったなぁ」
「いや、最近の事だから!」
「あ、もうチャイム鳴るよ」
「ほんとだ……じゃ、また来るね」
そう言ってカイは教室を出た。
マヤしかいなくなった教室は、寂しいかと思いきや、少し暖まっているのだった。




