第六話
マヤは、担任と修学旅行の話をしていた。
担任はマヤを気遣い、みんなで集団行動が出来るかなどを聞いた。
マヤは、ナナカがいるし、みんな優しいから大丈夫と、ふんわりとした笑顔で答えた。
修学旅行は二泊三日で、行き先は広島。原爆や平和について知ろうと言うのが主な目的らしい。
修学旅行は十月十八日から二十日まで、その後には合唱コンクールと文化祭があった。
こんなぎっしりな予定表、なかなか見ないと、マヤは目を丸くする。
合唱コンクールの練習は、修学旅行前に完璧にしておかなければいけなかった。
マヤは、合唱コンクールに出るかどうかを担任に聞かれ、悩んだ。
一年生と二年生の頃は、普通にみんなと同じように学校に通っていたため、合唱コンクールにも出場した。
だが、今年は違うのだ。
全教科を個人学習の教室で勉強しているため、クラスの授業となかなか勉強内容が合わないのだ。
音楽も、課題曲と自由曲は知っていたが、みんなと歌うことはなかった。
そんなマヤに、先生はマヤが不登校になってから三日ほど経った頃、ある提案をした。
「伴奏……やってみない?」
マヤはピアノを習っていた。
五歳から、今も時々習いに行っていた。
マヤは若干躊躇したものの、一応練習してみようと、思ったのだった。
そして今、マヤは課題曲も自由曲も完璧に弾けるようになった。
マヤには、ピアノの才能があった。
生まれた頃からの絶対音感と、楽譜をさらっと見ただけで譜面を覚えてしまう記憶力で、たくさんの賞を取っていた。
担任も、その才能を知っていた。
「先生……私、伴奏やります」
いままで曖昧に「やってみるかも」と言っていた事を、マヤははっきりと心に決め、担任に伝えたのだった。
「本当!? 課題曲はもう決まったから、自由曲、お願いしていい?」
「はい」
「……ありがとう!」
自由曲はマヤが好きな曲だった。
雲ひとつない青空が広がる中、マヤは一生懸命にピアノを練習した。
ナナカは、ふと思い出した。
あのとき、ユウマに伝えた、「マヤはトウマが気になっている」という言葉。
「……あ、違う! 違う!!」
ナナカは、マヤがカイに一目惚れをしていた事をすっかり忘れていたのだ。
急いで、席替えをして隣の席になったユウマにその事実を伝える。
「え、まじで!?」
二人はその事実にテンションが上がったのか、舞い上がっていた。
まだ少し残っている舞い上がりを抑え、二人は窓際にもたれかかっているカイに声をかけた。
「カイ……カイ!」
「ん?」
「お前、よかったな」
ユウマが意味深に言う。
「え? 何?」
「……両想いだってよ!」
ユウマはなぜか照れくさそうにカイの肩をバンっと叩き、教室を出た。
残されたナナカとカイは、まるで初対面かのように固まっている。
「あ、ごめん」
「いや、あれ、ほんとなの?」
「うん、ほんと。私が直接マヤの口から聞いた!」
ナナカが抑えていた舞い上がりを解放させる。
カイも少し、心の中で舞い上がった。
修学旅行は、思ったよりもすぐ近くまでやって来ていた。
「マヤ、もう少しで修学旅行!」
「そうだね」
マヤはボーッとしていた。
「マヤ? 大丈夫?」
「あ、うん……」
マヤは、プレッシャーに弱かった。
ピアノのコンクールも、いつもどこか間違えてしまった。
だからなのか、マヤにとって合唱コンクールの伴奏をつとめることは、大きなプレッシャーで溢れていた。
「伴奏、課題曲誰?」
「えっとね、あ」
ナナカは言おうとした口を止める。
「え? 誰?」
「は……ま……」
「もっと大きな声で!」
「浜代カイ!!」
マヤはつい目を見開く。
課題曲の伴奏は、カイだった。
「え、あの人、ピアノ弾けるの?」
「うん。だいぶ優秀」
カイはピアノも優秀だった。
ユミコが昔関西でピアニストをしていたこともあり、ピアノを習わされていた。
ユミコは、ピアノに関しては誰よりも厳しかった。
それがたとえ、自分の大切な息子でも、ユミコは最善を尽くして厳しくした。
それがよかったのか、カイのメンタルは鋼のメンタルへと成長した。
マヤはその事実を初めて知り、最近男性のピアニストが増えていることを思い出す。
「そういえば、最近男の人増えてるって」
「そうなの? そしたら、女性のピアニスト減っちゃうね」
「いや、そんなこともない。ピアニスト全体の人口が増えてる」
「へぇ……」
ナナカはマヤを尊敬の目で見つめた。
「それより、修学旅行!!」
「うん、そだね」
ナナカはマヤの不安を取り除くように、楽しい話をした。
マヤは、そんなナナカを「恋が実ったのかなぁ」と、姉のような目で見つめていた。
なぜなら、ナナカの目は自信に満ち溢れていたからだ。
ユウマは塾にいた。
成績優秀かと思いきや、そうでもない。
ユウマは最近、学校終わりからすぐに始まる塾に通い始めたのだ。
まだお試しだが、部活の合間を縫って勉強しないと、志望校の偏差値にはたどり着けそうになかった。
「夜間制だけじゃ、足りないか……」
ユウマは頑張ったつもりだった。
しかし、夜間制の塾は三時間ほどしか時間が無いため、満足に勉強が出来ないのだ。
定期テストの点数は普通。模試の点数もまぁまぁという所で止まっていた。
これでは、陸部が強いと言われている暁星高校に行けなくなってしまう。
ユウマは焦っていた。
志望校といえば、カイもこの高校を目指していた。
暁星高校には文章の書き方を詳しく学べるコースがあるのだ。
カイは、そこに行きたがっていた。
しかし、思ったより偏差値は高い。
「脅威の七十……」
頭のいいカイでも、七十という数字には頭を抱えざるを得なかった。
「文章の書き方くらい、他の高校でもやっとるやろ」
ユミコはそう言うが、カイには他にも暁星高校を目指す理由があった。
二年生のとき、カイには憧れの先輩がいた。
サッカーを習っていて、国語が得意だった。
合唱コンクールでは毎年伴奏をつとめており、伴奏賞をいつも貰っていた。
その先輩が、暁星高校に行ったのだ。
カイはその先輩を追いかけるようにして、暁星高校に行きたかった。
もちろん、ユウマが同じ志望校だったから、というのもあるが。
ユウマとカイは、違う塾に通っている。
だからこそ、それぞれの塾のプリントや資料を見せ合い、協力しながら受験勉強に励んだ。
二人の有志は、必ずいつか実るだろう。
ユミコは、カイの部屋にお茶を持っていく間、そう思った。




