第三十八話
大切な人を、守ろうとしただけだったのに、どうして嫌味を言われなきゃいけないのだろうか。
サキは、闇の中にいた。
病人だから、庇おうとしたわけでもなく、特別、気を使おうとしたわけでもない。
ただ、サキは、マヤが大切だった。
「この曲……」
まだ小学生だったサキは、合唱曲が載っている教科書を見ていた。
ふと目に留まったその曲は、サキを闇の中から救おうとした。
聴き始めた当初は、暗くて怖い曲だと思っていたのに、聴き込んでいく内に、その魅力に惹かれていった。
「……私にも、光が見える世界が、かえってくるのかな」
サキは、希望を胸に、辛い毎日を乗り越えようとしていた。
せめて、中学生になるまで。この人達と離れられるまで、耐えて見せようと、サキは思っていた。
しかし、それが叶うことは、なかった。
「なんでかな……勝手に、足が私を屋上へ連れて行こうとするの」
「こうすれば、楽になれるよって……言ってくるの」
「もっと辛いのは、マヤだって……知ってるのに。知ってるのはずなのに……」
「また、生まれ変わったら、マヤに会えるかな。同じ境遇で、会える……かな……?」
「希望は……光は、私を闇から引きずり出せなかった……」
「マヤは、光。見つけるんだよ」
成人式の翌日、浜代一家は、神奈川県へと戻って来た。
カイはというと、原稿の締め切りに追われ続け、成人式にすら、参加する事が出来なかった。
自由だと思っていたのに、締め切りとは苦しいものだと、カイは思う。
カイが先に一人暮らしを始めた理由には、仕事が関わっていた。
執筆をしていく上で、周りに誰かがいる状況というのは、カイにとって、プレッシャーとなる事だった。
それならば、一人暮らしを始めるついでに、神奈川県に戻ってしまおう。そう、決めていたのだ。
マヤ達に連絡をするか迷ったが、携帯に手を伸ばす前に、締め切りが迫っていた。
同窓会までには、必ず終わらせてみせようと、カイは目の前の原稿に、集中していたのだった。
「ふぅ……荷物はあとこんだけか?」
「もうない! ……やっと終わった!!」
ユミコとユイは、家の中へと荷物を運んでいた。
マサヒコは、職場に挨拶をしに行っている。
女性二人だけで荷物を運ぶ作業は、思いの外大変だった。
「カイに、差し入れしてくるわ」
「締め切り、大丈夫なんかね」
「……同窓会、行きたいって言うてたんやけど。もしかしたら、間に合わんかもしれんて」
「そうなんや……」
「ユイは中で休んどき。私はカイのとこ行ってくるから」
「うん」
ユミコが、カイの家へ行くのは二度目だった。
カイを送り出す際に、心配になった余り、下見に来ていたのだ。
ユミコは、あまりユイやマサヒコを、カイの家に連れて行きたいとは思えなかった。
「……どないして、こんなにボロボロな家」
外見は普通なのだが、中身の部屋というのは、お世辞にも綺麗とは言えなかった。
カイはこれで満足しているらしいが、親としては、もう少し良い家に住ませてやりたいと、ユミコは思っていた。
「あ、お母さん」
「これ、サバの煮付け。たまには、ちゃんとご飯食べなあかんよ」
「ありがと。やっぱ、同窓会行けへんかも」
「……そうか。無理だけは、せえへんでね」
「分かっとる。今の終わったら、休みもらうから」
「自分の体に気遣うんやで。逃げたくなったら、いつでも家来てええから」
「うん。そうする」
「……また今度ね」
カイは、ユミコからの差し入れを食べた後、必死に執筆を進めた。
目指すは、同窓会。まるで学生の頃のように、熱意を注いでいた。
そのカイの目は、やる気に満ち溢れていたのだった。
「ユミコさんっ!! お久しぶりです!」
アコは、大人居酒屋でユミコと再会していた。
「え、ユイちゃん……いつの間に、そんなに大きくなったの!?」
ユミコの隣には、ついにアラサーの扉を開いた、ユイもいる。
「アツシさん、アコさん酔ってるん……?」
「さっき来たばっかりなんですけどね……何かあったのかと」
アコは、大人居酒屋に来た瞬間、取り憑かれたかのように、お酒を飲み始めていた。
自分の職場探しに躓き、マヤのピアニストへの道も、良い方向に進んでいるとは、言えなかった。
「アコさん、何があったん?」
「……マヤが、時々体調を崩す事が増えて……ピアノを上手く、弾けないんですよ」
「私も職場探してて……ヨウスケさんは、専業主婦でいて欲しいって……言うんですけど。私は、働きたい……する事がない」
「マヤの将来のために、お金を貯めておきたいんです……今日は、同窓会でいないんですけどね……」
「あ、同窓会! カイ、行けたんかな」
「アコさん……無理に、仕事探さなくてもええんちゃう? ヨウスケさんも、マヤちゃんも、アコさんが元気でいるのが、一番だと思ってるんと、ちゃうかな」
「……専業主婦、楽しいですか」
「私は、楽しい。秘書辞めて、正解だったかもしれん。家族ともいられる時間増えたし……ユイの相手探しも……」
「ちょ、やめてってば!」
「ユイちゃん、何歳になったの?」
「……アラサーです」
「本当に!? なのに……可愛いなんて」
ユイは、未だに実家暮らしだった。
大学卒業後、大学院へ進学をし、研究に熱中するあまり、結婚など、全く視野に入れていなかったのだ。
周りが少しずつ結婚をしていく中で、ユイは焦りを感じ始めていた。
このままでは、いつの間にか三十路を迎えてしまう。ユイは、危機感を覚えたのだった。
「まぁ……大丈夫よ。私だって、結婚したの早くなかった……気がする」
「アコさん、お酒飲み過ぎ。ちょっと休みなさいな……」
「ユミコさん達、今日は、花火大会があるみたいですよ。アコさんも……少し、お外に出てみては?」
今日は、毎年同時期に行われる、新成人を祝う花火大会の日だった。
同窓会がこの日になったのは、花火大会に合わせたのか、それとも奇跡だったのだろうか。
ユイは、つい考え癖で、そんなことを考えていた。
「よし、見に行こか」
「マヤも、見てるんですかね……」
「きっと、そうやと思うで」
少しフラついているアコを、ユミコとユイが両方から支える。
アコの表情は、先ほどよりも、どこか穏やかになっていた。
「……カイも、見とるんかな」




