第三十七話
「……マヤ?」
カイの目の前を、車が通り過ぎる。
その瞬間に、女性は風と共に消えてしまった。
アルバイトをしている間も、カイはさっきの事を思い返す。
「幻覚……見えてるんかな」
「浜代くん、どうした? 顔色悪いぞ」
気を遣って、店長がカイに声をかける。
「あ……なんか、疲れてるのか、幻覚が」
「どんな幻覚? 幽霊とか?」
「ゆ、幽霊?」
「疲れてる時って、金縛りになるって言うよな。それの一種なんじゃないか?」
「……なるほど」
マヤの生き霊でも、見えていたのか。そう、カイは信じ込む事にした。
「同窓会、やるらしいよ」
「え、いつ?」
「成人式の次の週。もしかしたら、カイも戻って来てる頃かも」
大学一年生も終わりを迎えようとしていた頃、同窓会が開かれるとの情報が入った。
中学三年生の時のメンバーで、成人式の次の週に行われるらしい。
マヤの体調も安定しており、学業も順調にこなしていた。
あとは、カイがいるかどうかぐらいだ。マヤは、少し期待していた。
「仕事、休み貰わなきゃ……」
「え、そんな無理して、行こうとしなくても」
「だって、カイに会えるかもしれないし。同窓会は、行ってなんぼでしょ」
「行ってなんぼ……」
「ミホちゃんも許してくれると思うし、有給取れば大丈夫」
「行って、なんぼ……?」
「……行った方が勝ちって事。行かないで後悔するより、行って後悔するべし!」
「ほう……勉強になりました」
「別に、マヤが使うとこなさそう」
「うん、ない」
ナナカは、密かにマヤとカイの再会を夢見ていた。
二人が再び出会い、二度目の恋に落ちれば、全てが上手くいく。そう思った。
「ユウマも、行けるって?」
「レポートに追われてるらしいけど、なんとかするって」
「単位、取れてる……?」
「多分……頑張ってたし」
「……カイってさ、大学行ったんだっけ」
「あ……私も知らないな。ユウマは知ってるかも」
「もし大阪の大学に進学してたらさ、こっち来れないよね……」
「うーん。春休みの間だし、遊びに来るくらいなら出来るんじゃ?」
「そっか……」
「来ると、いいね」
カイは、神奈川県にある新居に来ていた。
「せっっま」
少ない貯金を切り崩して入居したため、新居は四畳半の狭い敷地だった。
一駅分歩けば、母校の中学校がある。
久しぶりにやってきた神奈川県は、新鮮なようで、どこか懐かしい匂いがした。
引っ越してきたのは、大学一年生の秋。まだ、五年という年月は経っていなかった。
誰にも知られる事なく、カイは、神奈川県に戻って来ていたのだった。
「懐かし……」
人は割と多いはずなのに、都会と言えるほど、都会なわけでもない。
やはり、どちらかと言うと、田舎な場所だった。
換気をしようと思い、カイは部屋の窓を開ける。
そこから吹き込んできた風は、さらにカイを懐かしくさせた。
今からでも、会いに行こうと思えば、行くことができた。
三人とも、実家暮らしなのは知っていたし、ユウマから話を聞く事もあった。
けれど、詳しい事情は何も分からない。
その気持ちが邪魔をしていたのか、カイが自分から会いに行こうとすることは、なかった。
気持ちを切り替えようと思い、カイは荷解きを始める。
すると、数々の小説に混ざって、中学校の卒業アルバムが出てきた。
「なんか、幼い」
中学生の時は、もう大人に近づいたと思っていたはずなのに、さらに大人に近づいた今、見てみると、その姿はとても幼く思えた。
最後まで見ていると、クラスメイトからのメッセージが書いてあるページを見つけた。
そこに、マヤ達の文字はない。
カイが持っている卒業アルバムは、大阪の中学校のものだった。
短い間しかいなかったはずなのに、皆からのメッセージには、心が込められているように感じた。
どうしてこんなに、恵まれているのだろう。そう、カイは思う。
卒業アルバムを見終わり、閉じようとすると、隙間から一枚の写真が顔を見せる。
その写真に写っていたのは、マヤ、ナナカ、ユウマの三人だった。
大阪に戻る時に、撮らせて欲しいと、カイがお願いをしていた。
「俺……どんだけ写真嫌いなん」
カイは、写真に写る事が好きではなかった。
だから、三人しか写っていないのである。
「はぁ。続き続き」
少々後悔を覚えながらも、カイはまた、荷解きを始めたのだった。
「これで、綺麗になったね」
マヤは、サキのお墓参りに来ていた。
一通り掃除を終え、手を合わせる。
色鮮やかな花々が添えられた墓は、どこか輝いて見えた。
「サキも、大学生かぁ……」
「もうすぐね、同窓会なの。カイに会えるといいな、って」
「あと少ししたら、そっちに行く事になっちゃうかも……しれないけど」
「その時は、よろしく」
マヤは、体調が安定してるとはいえ、病気が完治しているわけではなかった。
義足もすっかり馴染み、壊死も加速はしていない。
神様が、チャンスをくれたのだと、マヤは思っていた。
いつか必ず、再発する時が来る。そう怯えながらも、毎日が楽しかった。
マヤには、大きな夢が出来たのだ。
「私、ピアニストになる」
「たとえ義足でも、素敵な音色を奏でる事が出来るって、知って欲しいから」
「……夢を、諦めて欲しくないから」
マヤは、今出来ることを、全てやってしまおうと思った。
ピアノに人生を捧げることは、マヤにとって、苦痛ではなかった。
サキにもきっと、夢がある。
その夢を、マヤが代わりに、叶えてあげたいと、思っていた。
「私の音、届くといいな」




