第三十二話
アコは、大人居酒屋に来ていた。
ユミコは大阪にいるため、勇気を出して、一人でやって来たのである。
大人居酒屋で働いているアツシと、アコは久々に顔を合わせた。
「お久しぶりです」
「アコさん! 今日はお一人でいらっしゃったんですね」
「はい。ユミコさんは、大阪に行っていらして……」
「そうでしたか……こちらの席、どうぞ」
一人用のカウンター席に通されたアコは、この前あった事を洗いざらい、アツシに話した。
「娘さん、ご卒業おめでとうございます」
「ありがとうございます……でも、やって行けるのかどうか、やっぱり不安で」
「……娘さんが、行きたいと決めたところなんですよね? それだったら、大丈夫なんじゃないかなって、僕は思いますよ」
「あの子、私によく似て、メンタルが弱いっていうか……すぐ、折れちゃうんです。でも、あの子は私に、強い面を、たくさん見せてくれました」
「ユミコさんにも、私がへこたれてちゃいけないって、言われたはずなんですけどね……どうしてか、不安で仕方がなくて」
アコは、マヤが何事もなく学校に通えるのかどうかが、心配だった。
マヤの気持ちは平気だったとしても、体調の変化は、急に訪れるからだ。
まだ、完治していない病気を背負わせながら、娘を通わせるのは、さらに勇気のいる事だった。
「旦那さんには、相談なさったんですか?」
「もちろんです……しっかり寄り添って、サポートすれば、大丈夫だと、夫は言っていました。私も今は仕事をしていないですし……あとは、私の気持ち次第なのかも、しれません」
「……僕は、旦那さんと同じ事を、言うと思います。娘さんを気遣う気持ちも分かりますが、もう、高校生なのですから……自分の考えで、行動させてあげることも、大切なのではないかな、と」
アコは、アツシの言う通りだと思っていた。
ユミコは前に、マヤは自立出来ていると、言ってくれていた。
アコは、確かにそうなのかもしれないと、思ったのだ。
通信制高校を提案したのは、アコだったけれど、暁星高校を目指したいと言い出したのは、マヤの方だった。
アコは、マヤの意志を尊重するために、全日制の高校に、行かせることにした。
ヨウスケも最初は心配していたが、マヤが本気で志望していると知ってから、全力でサポートに回っていた。
結果的に、マヤは、暁星高校に合格する事ができたのだ。
無事に卒業式も終え、明日は高校の入学式がある。
もしかしたら、最初からマヤは、自分よりも強かったのかもしれないと、アコは思った。
入学式当日、マヤは早朝から、ネクタイを着けることに苦戦していた。
この前試着したばかりなのに、不器用だからか、全く上手く着けられないでいた。
「マヤーーーー! 早く!!」
「待って! ネクタイ、着けられない」
修学旅行の日も、こんな感じだったな、とマヤは思う。
ナナカとユウマと、一緒に登校する約束をしているのに、朝から宇美床家はドタバタとしていた。
「ヨウスケさーーん! 車出して!!!」
アコは、あちこちに叫び声を撒き散らしている。
マヤはやっとネクタイを着け終え、大急ぎで家を出たのだった。
「ごめん……車出す人が出遅れるとか」
「大丈夫、私もネクタイ手こずった」
「え、俺ネクタイ着けるの上手いんじゃ?」
アコとヨウスケは、若者は朝からなんて元気なのだ、と思っていた。
ヨウスケは、昨日からほぼ寝ていなかった。
入学式への緊張なのか、娘が進学する事への喜びなのか、胸騒ぎがして、眠れなかったのだ。
「お父さん、寝なくて大丈夫だった?」
「うん。なんか、全然眠くないんだよね」
「……ヨウスケさんは、マヤ達の入学式が楽しみなのよ」
「マヤ達って、私とユウマの分も……って事ですか?」
「そうそう。私も楽しみなの。二人のお母さん達が来れない分、私達が楽しまなきゃって、思ってるから」
ナナカの母親のミホと、ユウマの両親のチサトとダイキは、仕事があるせいで、入学式に行く事が出来なかった。
少し寂しい気もしたが、その寂しさを紛らわせてくれたのは、アコとヨウスケだった。
「……なんか、泣きそう」
「え、ナーちゃん……まだ学校すら着いてないんだが?」
「いや、俺も泣きそうだわ」
「ユウマも? え……どうなってる?」
「親が子供の大切な節目に来られないのは、これくらい寂しいって事よ」
「……私も、ここにカイがいないのは、寂しいな」
マヤには、二人の気持ちがよく分かった。
自分が手術で入院していた時も、両親が仕事で来られない事は、何度もあった。
その度に、写真を見て気持ちを紛らわせたり、声を思い出したりした。
けれど、結局は、側に本人がいることが、一番の幸せだったのだ。
「カイも、入学式か」
「……電話、卒業式以来してないね」
「うん……」
あまり電話をしすぎると、カイも大変だろうと、三人は卒業式以来、カイに電話をしていなかった。
カイからも電話が来ることはなかったため、そのまま放置してしまっていたのだ。
「ま、卒業式の時元気そうだったし、心配する事は、なさそうだけど」
「そうだな」
カイがいない事に寂しさを覚えつつも、三人は、入学式に出席した。
アコとヨウスケは、二人の親にビデオを届けるために、カメラを回していた。
「……なんか、立派」
「ほんとだね」
大勢いる生徒の中で、マヤ達は、一際輝いて見えた。
たくさんの努力を積み重ね、その結晶が、今まさに、現われていた。
「うわ! みんなクラス、バラバラ」
「ナーちゃん、三組? 私、十組なんだけど」
「え、マヤ、波田と同じクラスじゃん」
「俺四組。ナナカは近いけど、マヤは遠いな」
「なんで……私だけ突き放された!」
「まぁまぁ、別に会いに行けるし」
「……波田さんと、仲良くなる」
「は?」
「波田さんと、仲良くなってやる!!」
「……はぁ」
マヤは、新たな友達を作れる気がしていなかった。
それなら、唯一同じ中学校のトウマと、親交を深めてみようと、決めたのだった。
「ほんっと、気まぐれ……」




