第二十九話
マヤは、眠りから覚めた後、早々に家へと帰ってきていた。
それも、目が覚めた時から、特に不調もなく、逆にナナカ達がいるせいか、元気になってきていたからだ。
担当医からの許可も出たため、マヤは良い気分のまま、退院してきたのだった。
「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
「うん。すっごい元気。ナーちゃんとモカちゃんが、いたからかなぁ……」
「……カイくんの話、聞いた?」
「聞いた。大阪戻るってのは、知ってたし、私が眠ってたのが、いけなかったから。別に、気にしてない」
「……そう」
アコは内心、カイとマヤには、ずっと一緒でいてほしいと、思っていた。
それはヨウスケも同じで、二人だけでなく、ナナカも、ユウマも、そう思っていたのだ。
なぜ、あんなに運命的なのに、離れ離れにならなくてはならないのか。
アコはずっと、不思議に感じていた。
「……お母さんこそ、大丈夫?」
「え?」
「なんか、疲れてる。私が寝てた時、ずっといたの?」
「ううん……ずっといたわけじゃないけど、家にいたからこそ、心配だったから……」
「ごめんね。心配ばっかりで」
「マヤは何も悪くないのよ……ただ、私が心配症なだけなの」
「それは、当たり。大当たり」
「……アコさんも、マヤも。頑張りすぎなんじゃない? 今日は僕が起きてるから、二人はもう、寝ていいよ」
「え……一番頑張ってるの、お父さんじゃん」
「ヨウスケさんの方こそ、先に寝てていいのよ?」
「でも、たまには僕も……役に立ちたいなぁ、なんて」
ヨウスケは、いつも家事を任せっきりのアコに、申し訳なく思っていた。
それに加えて、つい最近までは働きにも出ていたアコは、逆に清々しいようにも見られた。
だから、アコやマヤには、休んでいてほしい。ヨウスケは、そう思ったのだった。
「……じゃ、お言葉に甘えて」
「うん、任せて」
そう言うと、アコとマヤは、寝室のある二階へと上がっていった。
扉が閉まった音を聞いた後、ヨウスケはさっそく、家事に取り掛かることにした。
意外にも、淡々と家事をこなしていくヨウスケからは、主夫らしさが滲み出ている。
一通り、家事を済ませたヨウスケは、その場に座り込んだ。
「アコさん……毎日こんな事やってるの……」
ヨウスケには、妙なプライド精神があった。
いくら年上の妻だからといって、永遠に甘えているわけにはいかない。
そう思って、咄嗟に行動に出た。
けれどやはり、アコという、本物の主婦には、勝てなかったようだ。
疲れ果てたヨウスケは、仕事仲間であるユミコの夫、マサヒコに電話をした。
「ヨウちゃん? どうした」
「……アコさんに恩返ししようとして、家事やったら、思いの外疲れました……」
「そりゃ、お母さんには勝てっこないよ。母親ってのは、本気だしたら、すんごいからね」
「なんで、そんなこと知ってるんですか? あ……ユミコさんか」
「あの人はな、怒ったら止まんない。寝てるだけで怒られる。今日もね、ていうか、さっき、怒られたばっかり」
「まだ、大阪着いたばっかりですか。大変ですね、単身赴任出来ないとは」
「そうそう。全くね、上はどうなってんだか。長くなるから、家族引き連れた方がいいだろ! ってね。ほんとにどうでもいい理由。多分長らく、そっち戻れないかな」
「そうですか……寂しいですけど、こっちもこっちで、取引進めておきます。イギリスのやつは、ちょっとアレですけど……」
「もう、あれは仕方ない。資料なくなったのも、ヨウちゃんは別に何もしてないしさ。炎に逆える人間なんか、いないでしょ」
「……ヨウちゃんって、気に入ってるですね」
「だからさ、マサちゃん、だめ?」
「だめです。プライドが、ズタボロになる気配がします」
「そっか……なんか、ヨウちゃんの前だと、気楽でいられるし」
「僕もです。ほんと、助かってます」
「ま、お互い、頑張ろう」
「はい。大阪、楽しんで来て下さいね」
ヨウスケとマサヒコは、まるで、学生の友達同士のようだった。
お互い家族内の愚痴を言い合ったり、仕事の相談をし合ったり。
くだらない事しか言っていない時でも、その時間はお互いにとって、幸せなものだった。
その仲間、という意識が、二人の仕事のやる気を、奮い立たせているのかもしれない。
マヤの体調も落ち着き、時の流れは早く、新年を迎えた。
冬休みも終わり、新年最初の、学校の日だった。
あっという間に終わってしまった去年は、思ったより短く、濃いものだったように思う。
マヤの今年の抱負。それは、暁星高校に受かる、という事だった。
「え、志望校暁星にしたの!?」
「なんか、行ける気がしちゃった」
「……天才だよ、あんた」
「でしょ」
ナナカは、その話を聞いて、少し不安な事があった。
「でもさ、全日制だよ。平気?」
「まぁ……自分が決めたから、行くしかないと思ってる」
「……ていうか、なんで変えた? 通信制じゃなかった?」
「え? 最初から、暁星目指してた。だけど、ナーちゃんとかに言ったら、絶対何か言われると思ったから、隠してた」
「嘘……そんな信用度、低い?」
「言っても良かったけど……四人中三人志望校一緒なのに、それが全員になるのは……変なプライドが」
「何のプライドだよ……」
マヤは、三人が知らない内に、暁星高校を目指すべく、猛勉強を始めていた。
入院中も、勉強をするために、アコとヨウスケには、家にいてもらうよう、頼んでいたのだ。
それで無理をしすぎたのか、イベント事が終わった後、急に疲労が流れ込んで来ていた。
結果的に、疲労によって、マヤはあんなにも、深い眠りに落ちてしまっていたのだった。
「なんて、情けないのでしょう」
「いやいや、立派すぎる。マヤ、それはもう、武勇伝だ。代々受け継がれる、ってやつだ」
「武勇伝……いいな」
そうして、このマヤの話は、後々武勇伝へと発展するのであった。
「……とにかく、もう私は偏差値どうにかなってる! ナーちゃんは!?」
「まぁ、なんとかキープしてる」
「よし、これで三人とも、暁星だ。カイが早く帰ってきたら、四人で暁星!」
「……テンション高いな」
「でも、今日ユウマいないね。学校来てないの?」
「うん。塾行って勉強してるって。私はやめとけって、言ったんだけど」
「……そうなんだ。ユウマ、努力家だもんね」
四人の内、二人も欠けていたその日は、少しだけ、寂しく感じられた。




