第二十七話
マヤは、長い夢を見ていた。
夢の中では、この前あった合唱コンクールの情景が映し出されている。
これが夢の中だと、マヤは分かっていた。
「……モカちゃん?」
目の前には、修学旅行で同じ班だった、モカがいる。
モカは、マヤに何かを話しかけているようだった。
「なんて……言ってるんだろ」
マヤには、モカの声は届いていない。
声は聞こえなくても、表情は読み取る事が出来た。
「……泣いてるの?」
モカは泣いていた。マヤはそれを見て、モカのことが心配になる。
「大丈夫?」と、話しかけたいのだが、どうやら、モカにも、マヤの声は届いていないようだ。
「私は、大丈夫だよ。それよりモカちゃんが、心配……どうして、泣いてるの……」
「…………サキ」
「サキ?」
微かに、モカの声が聞こえる。
聞こえて来た単語の数々は、サキの話だったようだ。
「……サキ……喜んでるよ…………絶対」
「モカちゃん、サキの事、知ってる……」
モカとマヤは、中学生になるまでの間、深い関わりはなかった。
どうやら、モカとサキは、ご近所付き合いがあったらしい。
「……もっと早く、教えてくれたら、良かったのに」
マヤは、サキがよく話をしていた、女の子の事を思い出す。
「あれ、モカちゃんの事だったんだね」
「……あの曲、いつも歌ってたよ」
モカは、サキが好きだった合唱曲の話をしている。
マヤの目には、いつの間にか、涙が浮かべられていた。
「学校で出会った親友が……この曲聴いてくれたって……中学生になったら、絶対伴奏弾いてくれるって…言ってた……って」
目の前にいるモカは、その場で泣き崩れる。
その瞬間、マヤは、自分が自分ではなくなったような気がした。
「……何? 私、誰?」
相変わらず、モカは泣き続けている。
でも、見た目が違っていた。
「……小学生?」
それは、小学生時代のモカだった。
小学生の頃は、まだマヤとモカは出会っていないはずだ。
マヤは、モカの、向こう側に立っている人物を見つける。
それは、紛れもなく、自分自身だった。
「……マヤちゃん、起きてよ」
マヤが深い眠りに陥っている中、モカはマヤに言葉をかけ続けていた。
アコとヨウスケが、睡眠を取っている間、カイ達と一緒に、会いに来たのである。
ひたすらに、モカは話し続けた。
それはまるで、あの時のようで。
モカは、少しずつ、あの日のことを思い出していた。
「モカちゃん、大丈夫……?」
「うん……みんな、私の我儘聞いてくれてありがとう……私は、本当はここにいるべきじゃない」
「え、何言ってるの……モカちゃんだって、マヤや私の大切な友達なんだから。来て当然、マヤも、喜んでる」
「……ここにいると、あの日のこと、よく思い出す」
「……サキの事?」
ナナカは、カイとユウマに目配りをする。
二人は察したのか、静かに病室を後にした。
男子達がいなくなり、病室には、マヤとナナカとモカの、三人だけになる。
アコとヨウスケは、一度家に帰って、休息を取っているようだ。
荷物も、持ってこなくてはいけないからと、信頼出来るナナカ達に、この場をお願いしたのだった。
「……サキが、死んだ日。屋上から飛び降りた、って聞いて、急いで駆けつけた。……その時には、もう遅かったのに。まだ小学生だったからかな、分からなかった」
「サキは顔に白い布を被せられてて、私は顔を見たくなって、その布を避けたの」
「……すっごい、綺麗な顔してた。安らかで、なんでか、幸せそうだった」
「だから、私はね……サキは、そういう運命だったんだって、ケリをつけた」
「でも……無理だよ。もう一人、失いそうになるなんて……無理……だよ……」
その時、モカの言葉がマヤに伝わったかのように、マヤの指が少し動いた。
ナナカは、マヤが眠りから覚め始めているという事実が嬉しい反面、モカの話を聞いて、悲しさも覚えていた。
ナナカはあの日、サキに直接、最後の別れを告げることが出来なかったのだ。
サキの死が、ナナカに伝えられたのは、サキが死んだ翌日の事だった。
どうして、早くに駆けつけられなかったのだろうと、ナナカは思ってしまう。
そんな自分に、ナナカは、少し憤りを感じていた。
「……起きたら、もっとたくさん話そうね」
モカはそう言って、「気持ちを落ち着かせてくる」と、病室を出た。
モカがいなくなった後、カイとユウマが戻ってくる。
「モカちゃんの気持ち、分かってあげられなかった」
「……どうして?」
「私は、その場にいなかった。……サキがいたところに、行けなかった」
「マヤとモカちゃんは、すぐに行ったのに……私だけ、私だけ出遅れた」
「……ナナカは悪いことしてないやろ」
「そう……そうだけど」
「だったらそんなに気を病む必要はない。マヤにそんな顔、見せられへん」
「……そんな顔とか言うなし」
「……俺は、マヤにサヨナラを言わないまま、関西に戻る」
「今更後悔したって……遅いもんは遅いんや」
「……手繋いだ。でも、それで終わりだった」
「それ以上のものを、お互いに、求めようと思わなかった」
「……ごめん、マヤ。また五年後に、会えると……いや、会おう」
カイは、マヤに別れを告げた。
本当は、五年後に戻る事が出来るかどうかも、分からないと言うのに。
カイは、どんなことがあっても、五年後にまた、マヤ達に会うと決めていた。
「……いいんだよな、これで。無理やり、起こそうとするわけでもなくて……いいんだよな」
「うん。マヤが自分から目を開けるのを、私達は、待つしかない」
ユウマは、悔しかった。
マヤはきっと、目覚めたくても目覚める事が出来ない。
それなのに、今まで、何回マヤに尽くせたのだろうかと、ユウマは思う。
受験に追われたせいか、自分を第一に考えていた。
ユウマはそれを、何度も後悔し、何度も、前に戻りたいと、願っていた。
「……サヨナラ、マヤ」




