第二十五話
合唱コンクールの日は、すぐにやってきた。
「マヤ……ほんとに大丈夫?」
「平気だってば。私は、ナーちゃんの心配性の方が、気になる」
「だって、だってさ……」
「分かってる。絶対無理はしない! だから、最善を尽くす」
「……うん、そうしよ」
ナナカと会話をしていたマヤの手には、手術時もずっと持っていた、お守りがあった。
マヤには、もちろん不安もあった。
けれど、それよりも、今生きている事、そして、この舞台に上がれる事の方が、マヤにとっては大切だったのである。
「宇美床さん。成功して戻るって、約束守ってくれてありがとう。伴奏、頑張って!」
「こちらこそ、ありがとうございます。今度は私の力で、頑張ってきます」
手術の時は、大人達の力が必要不可欠だった。けれど、この伴奏という役目は、マヤの存在が、必要だった。
マヤは、これまでの成果を、元気になった証を、全て発揮してやろう、と思った。
「……ふぅ」
車椅子に座っているマヤは、他のクラスメイトとは、少し違う道で舞台に上がる。
まだ、完全に足が動かせるわけではなかった。
それでも、マヤは、伴奏を最後まで努めたかった。
深く深呼吸をし、指揮者に合図を送る。
この前に、カイが完璧な伴奏をしていたからか、余計に緊張感が増す。
マヤは、カイとは違った、完璧な伴奏をしようと、心に決めたのだった。
「サキ……見ててよね」
マヤが伴奏を終えた後、会場内に盛大な拍手が起こった。
全て完璧な伴奏、というには程遠かったのかもしれないが、マヤにとっては、それは完璧な伴奏、と言えるものだった。
「……はぁぁ……」
今までの成果を出し切ったからか、一気に疲労が流れ込んでくる。
「マヤ、よく頑張ったね……すごかった」
「もう……何も、したくない」
「宇美床さん、本当に尊敬する! 体調は、大丈夫? 文化祭、出れそうかな」
「……出れると思います。今は、ちょっと、疲れてるだけなんで」
合唱コンクールが終わった次の日、すぐに文化祭が始まった。
自分以外の人からしても、ハードスケジュールだと、マヤは思う。
「お疲れ様。伴奏、ペダルミス少なかった」
「そう? 結構……でも、楽しかったな」
「楽しかったなら、大丈夫やね。出し物、裏方大変やない?」
「大変だけど、みんなのためになるんなら……やろっかなって」
マヤ達のクラスの文化祭での出し物は、よくある演劇だった。
カイは、よくいる王子様役で、マヤは、よくいる皇女様を、演じる予定だったのだ。
しかし、手術の影響で、体力が格段に下がっているため、全体の判断で、裏方に回る事になった。
クラスメイトは、見ていてくれるだけでも力になる、と言ってくれていたのだが、マヤにはそれは出来そうになかった。
だから、ほぼ無理やり、裏方という役目を担わせてもらったのだ。
「文化祭が終わったら……またあの地獄か」
ナナカの横で、ユウマが本音を漏らす。
それを聞いたナナカは、こっそりと、ユウマに深く共感していた。
もう、あの徹夜生活には戻りたくない、とナナカは思っていた。
「しかも俺ら、木だし……」
ナナカとユウマは、ダンボールで作った、お手製の木のコスプレをしていた。
美術部が、なぜか本気で作り上げたというその木は、とてつもないクオリティだった。
それを、二人は着ているのである。
カイが皇女様と幸せになる、という最後のシーンで、二人は背景に同化して紛れ込むのだ。
こんな役目、必要なのか。二人は、心の底からそう思ってしまっていた。
カイ達が表で物語を繰り広げている間、マヤは、裏方で仕事をこなしていた。
扱い慣れているのか、車椅子の車輪を上手く活用したり、独自の方法で活躍していた。
一緒に裏方に回っていたクラスメイトも、マヤの手捌きを見て、逆に焦り始めていた。
思わず、「すご」という声が出るほどに、マヤは裏で努力をしていた。
「王子役って、意外と疲れる」
「裏方も、ありだなぁ……」
「木は背景に描けばよかったと思います」
「俺もそう思いました」
演劇が終わった後、四人は校舎の裏にある、休憩所と呼んでいる木陰にいた。
「……てかさ、マヤ、よくあんなスムーズに動けたな」
「なんか、どんどんやってくうちに熱入っちゃって」
「マヤらしい」
「ほんとに助かったわ……天才か」
「でも、ほとんど演劇見れなかった……見たかった」
「あー、誰かが録画したりしてればいいんだけど」
「先生が撮ってるやろ」
「……確かに」
「売店やってるとこ、行く? ……あ、マヤは疲れちゃったか」
「うん。みんなで行ってきていいよ。私、休んでる」
「え、それはやだ。一人いないのは……この前なったばっかり!」
「んー、そうだけどね……」
「俺、マヤと待ってる。二人で行ってきてええよ」
「……ね、嫌味?」
「え!? ……ちゃ、ちゃうし!!」
「じゃ、お言葉に甘えて。ナナカ、行こ」
「えっ……あ、はい」
ナナカは、この人はなんて鈍感なのだろうと、思ったり、思わなかったり。
その光景を見たマヤは、微笑ましくなっていた。
「……ナーちゃんとユウマって、付き合ってないのかな」
「ユウマが鈍感すぎるだけや。ナナカのアピールなんか、全部、友達付き合いだと思っとる、あいつ」
「……本物の鈍感か」
「そうや。本物の鈍感や」
なぜだか、「本物の鈍感」という言葉がしっくりきて、二人は笑い合う。
校舎の裏で、二人きりになったカイとマヤは、二人だけの時間を、噛み締めるように過ごした。
「いつ、帰ってくる?」
「五年後」
「……いつ、行っちゃう?」
「……来週、くらいやと思う」
「……そうか」
さっきナナカが言ったように、一人だけでもかけてしまうのは、こんなにも嫌なことなのかと、マヤは思った。
自分がいない間、三人はこんな気持ちで過ごしていたのかと思うと、マヤは少し、寂しくなった。
「買ってきたよー」
「え、奢り?」
「……一言も言ってないけど、そういうことにしといたるわ」
「ナーちゃん、さすがに冗談。借りを作るのはごめんだわ!」
「なんだそれ。折角私の優しさが垣間見えたというのに……」
「……ほんとに仲良いんだな、二人って」
「うん。見てるこっちが幸せになるくらいやで」
「奢りの話してるのに、仲良いように見えてんの?」
「そういう話できるからこそ、仲良いいんだろ」
「あー……なるほどね」
ユウマが言っている意味は、ナナカにはよく分からなかった。
どこまで話せれば友達で、どこまで話せれば親友で。
ナナカは、友達以上恋人未満、という関係に縛られているのかもしれない、と思う。
ユウマに、直接伝えれば、理解してくれるのではないか。
文化祭が終わる頃、ナナカの挑戦が、始まろうとしていた。




