第二十四話
「……お願いがあるんだけど、聞いてもらえるかな?」
「はい……なんですか?」
「あのね……宇美床さんのことなんだけど……」
ナナカは、担任に呼び出されていた。
最初は何か怒られるのかと思っていたが、特に思い当たる事もない。
結局、担任がナナカを呼び出した理由は、マヤの事だった。
「手術、無事に成功したって」
「本当ですか……!? ……よかった」
「よかった、で終われればよかったのよね……そうなのよ」
「……何かあったんですか」
「合唱コンクールで、伴奏をするじゃない? だけどね、宇美床さん、手術が終わったばかりだから……足が上手く動かせないの」
「あぁ……そうですよね」
「本番で、上手く弾けるかどうかも分からない。だから、どうするべきなのか……先生にも難しい話でね」
「……私は。マヤが出たいって言ってるなら、出させてあげて欲しいです。本番、上手くいかなかったとしても。マヤ、ずっと頑張ってたから」
「やっぱりそう思うわよね……みんなも、きっと理解してくれると思うんだけど」
「理解しなかったやつは、私がなんとかするんで」
「そ、そう? ……幹田さん、宇美床さんのサポート、任せてもいいかな」
「はい、任せてください」
「……ありがとう」
マヤは、入院してから、手術を行うまでの数日間、何度もピアノの練習をしていた。
ロールピアノを使って練習したり、憩いの場にあるピアノを借りたりもした。
マヤは、どうしても合唱コンクールに出たかった。
足がどうなっても、もうすぐ死ぬかもしれなくても、死ぬならば合唱コンクールを終えた後がいい、と思うほどだった。
きっと、ナナカ達に言えば、怒られてしまうのだろう。
マヤは、それほどに、合唱コンクールに思い入れがあった。
「これっ! 聞いてみてよ」
「ん……? 合唱曲?」
「最初に聞いた時はね、不思議な曲だなーって、思った。だけど……ちゃんと聞いてみたら、すっごい良い曲!」
「へぇ……サキもこういうの聞くんだ」
「……私にとっては、まだ難しいなって思う言葉ばっかりだけど……命がどれだけ大切なものなのかって、よく分かる」
「サキ……無理してない?」
「え? ……どうして?」
「本当は、私といるべきじゃないんだよ……もっと、元気で、長く一緒にいられる人じゃないと……」
「何言ってんの!? 私はマヤが好きだから一緒にいるんだよ? 長く一緒にって……マヤとは長くいられないの!?」
「……そういう、わけじゃ」
サキの人生に、マヤは不可欠だった。
側から見れば、サキのような人間は、空回りしているように見えるのかもしれない。
けれど、サキにも、自分の意見というものがあった。
「私が、マヤを守るんだから」
サキが何度も、何度も口にした、その言葉。
それは、口癖のようで、口癖ではなくて。
マヤは、その言葉を何度でも、聞いていられると思った。
「……悔しいよ」
「先に行っちゃうなんて、聞いてない」
「もしサキが生きてたら……私がピアノを弾いて、サキが歌って……」
「動かせない……なんで? サキ、私を手伝ってよ……私に、顔を見せて……」
何度も聞いていられるはずだったその言葉は、いつの間にか途切れていた。
マヤは、サキが死んだ日から、今まで、後悔を積み重ねてきた。
「マヤを守れるのは私以外にいないでしょ!」
本当にそうだったのかもしれないと、マヤは思う。
今更声をかけようとしても、今更助けようとしても、助ける人は、もうそこにはいなかった。
「……マヤは、私より長く生きるんだよ」
「……無理じゃない? 私はもうすぐ死ぬかもしれないし」
「それは、私だって同じ。ここから飛び降りたら、マヤよりも先に死んじゃう」
「……変な事、言わないで」
「うん……ごめん」
マヤは、その頃から違和感を感じていた。
だからこそ、何も口出しをするべきではないのかもしれない、と思ってしまった。
しっかりと、サキに耳を傾けていれば、こうはならなかったのかと、マヤは思った。
「この時間が終わっても、私と……一緒にいてくれる?」
「え……うん。どうしたの、急に」
「……ううん、なんでもない」
マヤは、あの瞬間が、「助けて」というサインだったとしたら、気付けなかった自分に、どう叱ればいいのだろうと思う。
「ごめんね……ごめん……ごめんね……」
マヤは一人、病室で泣いていた。
「足、動かへんの?」
「そうでもない。意外と動く」
「……でも、ペダルミス多いように見えるんけど」
「まぁ……スムーズに動くかって聞かれたら、はいとは言えない」
「そやったら、俺が」
「やめて。嬉しいけど、カイにまで負担かけるわけにはいかない」
「……マヤは、気遣いさんすぎる」
「気遣いさん?」
「人に頼らんくて、自分でなんでもなおそうとする。マヤのいいとこも、悪いとこも、ある」
「……ふぅん。自分だってそうなくせに、何を言うとる」
「……なに弁喋っとるん?」
「え、カイの真似しただけ」
「あ……そう」
マヤは、絶対に引き下がらなかった。
自らのためにも、サキのためにも、マヤは、伴奏を終えるまではへこたれている場合ではないと思った。
だから、少しだけ、自分を追い詰めて、その追い詰めたという罪を、神に許してもらえるよう誓った。
「……カイが戻ってくる頃、悪化してないといいんだけど」
「手術したのに、悪化するんか?」
「完全治癒は、無理だと思う。だから、何回も手術して、長く生きられるように……って感じ」
「俺が戻ってきた後も、死んだらあかんよ。そうじゃなきゃ俺が悲しむで」
「……そうだね、悲しむよね」
「とりあえず今は、伴奏頑張らな。ペダルミスなんて、あんまし誰も気づかん」
カイは、マヤの話を深く探るようなことはしなかった。
自分の中で、決意を固めて欲しいと思ったからである。
マヤがこれからどんな未来を歩むのかは、カイには分からないし、マヤにも分からない。
カイは、マヤ自身に、初めから終わりまでを、決めて欲しいと思った。
何かをアドバイスしたり、助け舟をするのではなく。
マヤが、マヤらしい道を歩んで欲しいと、カイは思っていた。




