第二十三話
「……終わった。全部終わったんや」
「そう……ですね」
アコとユミコは、結局予想通りの結末を迎えていた。
会社が、倒産したのだ。
「旦那に縋るか……? いいや、そらみっともないな」
ユミコは、まるで感情を失ったかのように、先の事を呟き始めていた。
アコの方はと言えば、ひたすらにユミコの話に相槌を打ち続けている。
あんな課長の言葉を、鵜呑みにしそうになった自分は、なんてやつなのだろうと、アコは思っていた。
二人とも、なす術がなかったのである。
いつも通り出勤した朝、急に課長から「解雇だ」と言われ、ユミコは一瞬だけ、時が止まったように思った。
そのあとユミコからアコへとその情報が渡り、今に至る。
「まぁ……分かってたんよ、倒産するってことは。でもなぁ、こんなに急だとは」
「思わなかったです、私も」
「専業主婦にでもなるか? それでやってけるんか? 大阪戻って大丈夫かこれ?」
「大丈夫ですよ、ユミコさんは。大阪でまた一から始めれば大丈夫です。でも、私は……無理です。どうあがいても、無理」
「そんなことないやろ! アコさんはなんで……マヤちゃんとは真逆なとこあるな」
「あの子は、私と違って、意志の強さがあるんです。私は、違う。弱いんです、私」
「……弱かったら、倒れるまでにならんやろ。自分が気付いてないだけや。アコさん、頑張りすぎはよくないんやで」
「頑張りすぎ……なんですかね」
「マヤちゃんの受験が終わるまでの間くらいは、サポートしてあげた方がええんちゃう? ……手術も、あるんやし」
「確かに、そうですよね。マヤ、今は一人になりたいって、病院来ないでって言われてるんです。あの子も、考えてることがあるんですよね……きっと」
マヤは、アコとヨウスケに、「今はどうしても一人になりたい」とお願いをしていた。
急に何かが起きたらどうするんだと、二人とも最初は受け入れなかった。
しかし、マヤにも考えていることがある、とヨウスケがアコに話した末に、二人は家へ帰ることを決めたのだった。
「そうや。前にも言ったやろ、マヤちゃんは強い。だから、アコさんも強く生きるんやで」
「……はい。私が、側にいなくてどうするんだって、話ですよね」
「とにかく……ほんまに、ごめんな。私がいくら謝っても解決することやないけど、今は……何も出来ることがない。ほんまにごめん……」
「なんでユミコさんが謝るんですか! 働くことを決めたのは私です。職を探しておいた方がいいと言われてたのに、探さなかったのも私ですから。思い詰めないでください」
「……アコさんのその優しさは、マヤちゃんにもあるんやろうなぁ」
「マヤは、強くて、優しい子です。親バカみたいですけど、本当に」
「親バカなんかやないよ。マヤちゃんは、カイに足りないものを持ってる。だから、気が合うのかもしれんね」
「……なるほど」
アコは、あの二人は、似ているようで違うのだと思った。
成績もそこそこだし、強いところも、優しいところもある。
けれど、不器用なところや、たまに弱さを見せる瞬間は、二人とも違う。
それがあるからこそ、カイとマヤは特別なのだろうと思った。
「手術前に言うことじゃないけど……お母さん、仕事やめちゃった」
「……倒産したの?」
「え……なんで知ってるの」
「カイが……言ってた」
アコは、やはり、ユミコとカイはよく似ているなと思う。
「だから、これからはね、マヤと一緒にいる時間にしようと思う。いい?」
「うん。嬉しい」
アコは内心ほっとしていた。
これでマヤが落ち込んでしまったら、手術直前に酷いことをしてしまうと思っていたからだ。
マヤもマヤで、気持ちが落ち着いていた。
一人の時間をもらって、今までの思い出を考えたり、これから先の人生を考えたりもした。
全ての結論は出なかったけれど、マヤは、これで後悔なく手術に挑めると思っていた。
「マヤ。アコさんだけじゃなくて、僕にも頼っていいんだからね」
「ありがとう。仕事が落ち着いて時間ができたら、また病院来てね」
「もちろん行くよ。だから、元気になって待ってて」
「……うん」
ヨウスケは、この時のマヤの辛さに強く共感した。
なぜなら、この前自分自身がこの怖さを経験したばかりだったからだ。
手術が終わったあと、生きていられるのかも分からず、いつの間にか長い眠りに陥ってしまっていた。
そんな経験をしたからこそ、マヤの不安が伝わってくるようだった。
「マヤ、絶対生きるんだよ」
「……お母さんも、お父さんも、私が戻ってくるまで元気にしてて」
そう言ったマヤの手に握られていたお守りは、まるでみんなの想いが込められているように、輝いて見えた。
ナナカは、カイとユウマを誘い、自宅で勉強会を開いていた。
「……やばい、手をつけられない」
「分かる。気になって進まない」
「大丈夫やて……マヤより心配してどうするんや」
勉強を始めたものの、マヤのことが気になって仕方がない三人だった。
「そうだよね。私たちがキリッとしてなきゃ! キリッと!!」
「……キリッと?」
「あぁ、家帰ったら荷物の整理進めなあかんのか……」
「カイだけ話題が違う」
「大阪戻るための準備? 大変そう」
「なんか……多い。とにかく多い。なんでこんなところにある? ってぐらいに参考書出てくる。多い」
「参考書……」
「しかも、全部解いてある。なんでとってある? ってやつばっかり。全部捨てた」
「捨てたんかい」
「やっぱりさ、頭良くなるには問題解きまくるしかないのか」
「そうだと思う。俺が頭良くなったのは、そういう理由」
「自分で頭良いとか言うか。頭良いけど」
「でも、今勉強してる意味あるんやろか……ってなる時もある。高校決めらんなくて、卒業までいられないってなったら、脳内ぐちゃぐちゃ」
「カイだったらどこでも行けちゃいそうだけどね」
カイは、転校先の中学校で、志望校を考え直す、ということを勧められていた。
合唱コンクールと文化祭が終わったあと辺りならば、まだ説明会などが残っているからだ。
正直、父親の転勤が理由ならば、いっそのこと一人暮らしをしてでも、ここに残りたい。カイは、ずっとそう思っていた。
「カイ……大丈夫?」
「……大丈夫、ではない、かもしれん」
ナナカとユウマは、カイの手元がこんなにも止まることがあるのかと、不思議に思っていた。
問題も数問しか解いていないカイは、内心上の空状態だった。
「会いたい……」
「ずっとそればっかり言ってる」
「俺らだって早く会いたいけどさ……しょうがない。今は粘るしかないだろ」
「うん……そうやな」
ナナカは、マヤならきっとすぐに元気になって、何事もなかったかのように帰ってくると信じていた。
それは、ユウマも同じだった。
だからこそ、不安なのも、全員同じであり、それが吐き出せないのも、一緒だった。
何年もマヤと過ごしているナナカですら、その不安は拭えるものではなかった。
「お守り、あるじゃん」
「私たちが作ったんだから、堂々としてなきゃ……ね」
「……そう、だね」




