第二十二話
マヤは、入院前最後の日、学校へ行った。
みんなにはもう入院をする事は伝えてあったため、何も心配する事はなかった。
けれど、不安なのには変わりなかった。
「マヤ……これ」
「……お守り?」
「そう。私と、カイと、ユウマで作った。マヤが手術成功して、生きて帰ってきて、また一緒に過ごせるように……って」
「俺、合唱コン終わったらしばらく会えなくなる……だから、少しでも力になれればって思ったんやけど……」
「大丈夫。これで十分安心した……不安減った」
「ほんとか?」
「……ちょっと嘘。だけど、ほとんどほんと」
三人が作ったお守りは、健康祈願のお守りだった。
裏には「手術成功」という文字が縫われていて、少し未熟だけれど、気持ちは人一倍込められているお守りだった。
マヤはそれを手にして、優しい目でお守りを見つめていた。
ナナカはマヤを見て、やはり泣きそうになっていた。
三人で何かしてあげられることを考えた結果が、手作りのお守りを渡すことだった。
もっと尽くせることがあればいいのにと、ナナカは心の底から悔しく思った。
「……頑張ってくる」
「うん。待ってるよ。いつまでも」
「合唱コン……出れるといいな」
「俺も、ナナカも、ユウマも、マヤが絶対手術成功して、伴奏も完璧にできるって分かってるから……安心して頑張ってきてな」
「……ありがとう」
「これは……マヤが帰ってきたら祭り騒ぎか?」
「それはさすがに引いちゃう」
「惹いちゃう?」
「引いちゃう!!!」
「……なんかどっかでこの会話した気いするな」
「はぁ……でもやっぱり怖いもんは怖いなぁ」
「そりゃそうよ。私だって受験怖い」
「……偏差値どうなった?」
「上がってはいる……けど、成績表見て絶望したばっか、多分詰んでる」
「もう、ナーちゃんが私の分まで頑張らないと意味ないのに!」
「なんで私がマヤの分まで頑張ることになってんだ??」
「……実はさ、俺もやばいんよ」
「え、何が?」
「成績」
「俺、カイにはそんなの無縁だと思ってた」
「私も……」
「卒業するまで、こっちに在籍したいって言ったんやけどさ……いちいち移動せなあかんのも大変やし、難しい話、高校の選択肢も狭まる……から……」
「……転校するの?」
「う……ん」
「まぁ、それが賢明な判断だと思うよ」
「無理してここでやって行くよりも、余裕持って動かなきゃ……五年後には戻って来れるんだし」
「……そうやな」
話が終わり、少しの間沈黙が訪れる。
その話をしていたカイは、いつもよりも暗く、落ち込んで見えた。
「ぜっっったい、成功して戻ってくるのよ!」
「はい。もちろんです」
入院前に挨拶をするために、マヤは担任と話をしていた。
担任は少し涙目になりながらも、マヤの決意を最後まで聞いてくれていた。
「お守り……もらったんです」
「さっきもらったばかりなのに、なぜかもう既に思い入れがあるような感じで……三人だけじゃなくて、いろんな人の想いがこもってると思うと……不安も減るんです」
「すごい……全部手作り?」
「いつ見ても笑顔になれるようにって……一から作ってくれたみたいです」
「……これがあるなら、頑張れそうね」
「はい……絶対成功して戻ってきます」
そう言ったマヤの表情は、喜怒哀楽を全て詰め込んだような、清々しい顔をしていた。
「……マヤ!!!」
「わっ……ナーちゃんか、びっくりした」
「寂しくなった。もしかしたら、ほんっとにもしかしたら、もう会えないかもしれないって思って……」
「……会えなくなるわけない。私は、絶対に戻ってくる。ナーちゃんなら、信じてくれると思ってる」
「信じる……に決まってる」
「ありがとう。行ってくる」
「……行ってらっしゃい」
マヤは今、前よりもはるかに強くて、きっとどんな不安にも勝てるのだろうと思った。
いざ病室へ足を踏み入れると、一瞬だけ心がざわめく。
だけど、こんなところでへこたれていたら、手術なんて成功するわけがない。
義足をつけている方は少し歩きにくいけれど、お守りを手に握りしめ、マヤは一歩を踏み出した。
「絶対、絶対絶対、生きてやる」
マヤは、心からそう誓った。
「……お母さんも、お父さんも、ずっと側で待ってるからね」
「ありがとう。待ってて」
マヤは、今にも消えてしまいそうなぐらいに、不安の混じった声でそう言った。
もし一生治らない病気だとしても、手術をすることで少しでも生きられるなら。
辛くても、生きる選択肢を選ぼうと、マヤは決めていた。
「義足、外しますね〜」
看護師にそう言われ、また不安が頭をよぎる。
この義足を外したら、足はどうなっているのだろうか、と。
「……壊死、進んでますか」
マヤは小さな声でそう呟くと、看護師は少し躊躇いながら、「ちょっとだけ」と口にした。
やはり、もう間に合わないのだろう。マヤはそう思った。
「諦めたら、いいことありますかね」
「……うーん。今の人生が嫌で嫌で、仕方がなくて、早く生まれ変わりたいなら……諦めるのも、ありかもしれない」
「だけど、悲しませたくない人が一人でもいるんだったら……諦めちゃだめだよ。看護師の私がこんなこと言っていいのかは、わからないけどね」
「私は、人を救う事だけが仕事じゃないの」
マヤは、その言葉の意味をよく考えた。
人を救って、幸せにすることが看護師の仕事ではないなら、一体何が目的になるのだろう。
いくら考えても分からないものは仕方がない。マヤは、そう割り切る事にした。
「……よろしくお願いします。私、悲しませちゃいけない人達が待ってるので」
「はい、もちろん、助けます。サポートしか出来ないけれど、なんでも言ってくださいね」
「ありがとう……ございます」
これから合唱コンクールに、文化祭に、受験まであると言うのに、どれだけ予定を詰めれば気が済むのだろうと、マヤは何度も思った。
しかし、これでまたみんなに会えると思うと、その予定も苦ではないように感じた。
大丈夫、大丈夫と、自らを励ましながら、マヤは、手術の日を迎える事にした。
「不安な事は、あるかい?」
「……正直、不安しかないのかもしれないです。だけど、お守りもあるし、生きて戻るって、約束したので」
「……そうか。それなら、絶対に失敗は許されないね」
「はい。お願いします」
手術当日、マヤは、お守りを手術室まで持って行く事にしていた。
お守りを見つめていると、心なしか不安が軽減されたからだ。
きっと、不安なのは、怖いのは自分だけではないのだろうと、マヤは知っている。
だからこそ、みんなの気持ちを胸に秘めて、勇気を出そうと思った。
「大丈夫だから……絶対に」




