飲まれなかったお茶
テーブルを挟んで、私は自分の顔が 引きつるのを感じていた。
自分のいないところで なにか言われていると感じることはあっても 面と向かって、こんな風に悪意を剥き出しにされることは初めてだった。
「旦那がいて、専業主婦で?幸せ自慢ですか?あれですか、休日にはお菓子焼いて?パンも焼いて?ブログにアップですか?」
玲央の母親は もはや うっすら笑ってさえいた。
「子供のことを一番に考えていて?子供の友達も我が子のように可愛いがって?そういう自分に酔ってんでしょ。私ってイイヒト、私って素敵。ずいぶん上から目線ですもんね。しまいには説教ですか」
そして フッと吹き出して、言った。
「家に木のお皿とか、籠とか沢山あるんでしょ。丁寧に暮らしたいとか言っちゃってんでしょ。」
口の中が渇いて、言葉も出なかった。
そもそも言い返す言葉も浮かばない。
自分の言われたことが理解できずにいた。
「とにかくマジで余計なお世話なんで。治療費はキッチリお支払いしますから うちの家庭に口出ししないで」
ガタンと乱暴に席を立つと、それきり玲央の母親はデイルームを出て行ってしまった。
世の中には 自分と全く相容れない人種がいるということは理解しているつもりでいた。
自分には何人かの大切な人達がいて、それ以外の誰かに何を言われようと構わない、傷つけられることなどないと思っていた。
強い自分を 大きな砦を持ったつもりでいた。
しかし 目の前に投げ捨てられた悪意に、どうしようもなく、打ちのめされてしまっていた。
例えそれが、私の本質を傷付けるものではなかったとしても、繰り返し攻撃を受ければ砦がしっかり侵食されていく、そんな種類のものだった。
誰かを助けたいと思ったのが、傲慢だったのだろうか。
端から見れば 神にでもなったつもりかと笑われるのだろうか。
誰かの人生を変えられる程、自分に力があるなんて、もちろん思っていたわけではないけれど…
それでも 目の前で玲央が自分を切りつけ、娘も切りつけられ、2人の11歳が血まみれになって。
放っておくなんて 知らんフリなんて、そんなバカな話があるか。
そう思った反面、もう一人の自分が、どんなに思っても、他人の家庭の中までは踏み込むのは難しいことを悟っていた。
だから 連日のように虐待され命を落とす子供が後を絶たないのだろう。
親以外の大人が気づいても、救済する術はないということか。
頭の中に靄がかかったように何も考えられなくなってしまった。
目の前の手付かずのペットボトルがなんとも惨めだ。ペットボトルにまで拒否されているような気分になる。
ふと 我が家のリビングが浮かんで、自嘲気味に笑った。
確かに 木の皿も籠も、私は大好きだったのだ。




