私を、生きる
7時を過ぎると食事の匂いがしてきた。
今朝のメニューは ご飯、味噌汁、里芋と高野豆腐の煮物、なめたけ和え、果物。
果物は林檎2切れ。
顎を切っているので 口を動かすと傷に障るようだった。
「痛い…」
そう言って 涙を浮かべる萌。
「大丈夫?少しずつ、ゆっくり口に入れて」
萌が頷いて目を閉じると、ポロリと涙が一粒こぼれ落ちた。撥水されているのか、涙はシーツの上をコロコロ転がって、見えなくなった。
他人の子供を どうこう言ってる時ではない。
今 向き合うべきは たった1人、この子だ。
この涙を 忘れないようにしよう。
涙が転がったこと景色をしっかり記憶に残そう。この子が自分で歩いて行けるよう、私はしっかり、家を守ろう。
ふと 隣にいたヤスさんが目に入った。
そうそう、ヤスさんもね。
ヤスさんが安心して毎日働けるように、私は家をキレイにして、暖めておくよ。
温かい、美味しいご飯を作ろう。
萌の傷はまだ生々しかったが、朝の回診で退院の許可がおりた。
看護士さんに「お昼食べていく?」と聞かれたので献立表を確認する。
ご飯、ポークカレー、青梗菜とエビの炒めもの、野菜サラダ、果物。
「どうする?萌が決めていいよ」
「…家に帰りたい。ママのカレーがいい。作って?」
「わかった!材料買って帰ろ。」
萌がにっこり笑って腕に抱きついてきた。
この笑顔。
この笑顔さえ守れたら、それでいい。
ただ健康に生きてさえいてくれたら。
なにかあればすぐそう思うのにすぐ日常に流されて 大事なことを置き忘れてしまう。
感情的に当たったり、多くを求めてしまったり。
ごめんね 萌。
ママは優秀なお母さんではないけど、萌のこと、何にも替えられない宝物だと思ってるよ。
いつか萌が大人になって 誰かに「親に愛されている?」って聞かれた時、即答で、当たり前のように、イエスと答えられるように。
そんな毎日を 積み重ねてあげたい。
私たちは小さな荷物をまとめて正面玄関に向かった。
入口から見える外は眩しい程に晴れて、日差しが差し込んでいる。
萌は萌の足で、私は私の足で、おうちに帰ろう。
また、元通りの毎日の始まりだ。
私は私を、たっぷりのユーモアとともに、大切に、生きようと思う。




