母親がふたり。
萌と手をつなぐ。
私の手、皮膚も爪も、その感覚も、すべて私の、私だけの、この、手。
萌の、すべて萌の、手。
私たちの、手。
すっかり元に戻ったと、のんきにダラダラする私たち。ぷかぷかとオレンジのふわふわな幸せの空気が浮かぶ病室だった。
そんな中 入れ替わりやってくる医師や看護士さんに続いて、険しい顔の萌の担任がやってきたのだった。校長先生、教頭も一緒だった。
萌が怪我をした経緯。
玲央の母親がこの病院に勤めていること。
この後 玲央の母親が謝罪に来たいとのこと。
淡々と校長先生が説明する。
そして、自分の監督不行き届きであったと担任が深々と頭を下げた。
私はチラリと萌をみた。
ベッドの上で俯いて、じっと手元を見つめている。
私としては この事故のおかげで元に戻れたのだし、萌の傷も残らないというのだし、万々歳なのである。
わーい わーいとスキップしたいのである。
軽薄だろうか。
私が黙っていると、ヤスさんが対応してくれた。
「相手の子は大丈夫ですか?今後このようなことがないよう、配慮していただければ。こちらとしましては大事にするつもりはありません」
そうそう。訴訟とかしないから。早く帰って。
やっぱり学校の先生って苦手だ。
そうこうしている間に、玲央の母親がやってきてしまった。
これまた謝罪である。
めんどくさ。
大きな菓子折りを渡され、医療費や、治療に関わる全ての費用を福田家で負担する旨を伝えられた。
それより私は、玲央の様子が知りたかった。
あの左腕の傷がハッキリと思い出される。正直、あの場面は大人の私にも強烈で時折思い出されては心臓がドクンと鈍く鳴るのだ。
「2人で話せますか?」
私はそう言って 答えも聞かずデイルームに向かった。
私は自分らしくないその態度に 自分でソワソワしてしまった。
玲央の母親も後ろをついてくる。
誰もいないデイルームのテーブルに向かい合って座った。
私は立ち上がり自販機でお茶を2つ買う。
ひとつを玲央の母親に渡すと 慌てて財布を出そうという素振りを見せたが、私は静かに、断った。
「玲央ちゃん、どうしてますか?傷は、どうですか?」
普段なら私は他人のことに余計な口出しをするようなタイプではなかった。
しかし 今度ばかりは別だった。
自分には何もできないのは充分にわかっているつもりだが、話だけでもしたかった。
図々しいのは承知の上で、話をきりだした。
「本当に申し訳ありませんでした。傷は大丈夫です、でも本当に、あの子が悪いんです。あの子が全て…」
「玲央ちゃん、悪くありません。いや、他人を傷付けたのは もちろん悪いことです。自分を傷付けることも。でも、玲央ちゃん、苦しかったんです。自分でも自分をコントロールできなくなっていたんです ずっとずっと、苦しんでいたんです」
涙が出てきた。
玲央の代わりに、話しているつもりになっていた。
傲慢かもしれない。
自己満足かもしれない。
でも止まらない。
涙が出た。
泣きながら、それでも話した。
「あの子たち、まだ11歳なんです。親が、一番大きな存在なんです。叩かれても、無視されても、ひどいこと言われても、子供はお母さんを 嫌いになれないんです。嫌い、大嫌いって言いながら、でも どうしようもなく、大好きなんです。恋しくて仕方ないんです、優しくされたいんです。愛されてるって感じていたいんです。玲央ちゃんには、あなたしかいないのに。こんなになるまで あなたを求めているのに、どうして、どうしてあなたは」
「それでは あなたは さぞかし完璧な、愛情溢れる母親なんでしょうね。」
玲央の母親は、冷たい視線をテーブルに落とした。
「は?」
私の涙は一瞬にして渇き、そして燃えた。
胸の奥が煮えたぎってきた。
いま ここに火種があったら、私の涙は工業用アルコール並みに発火しただろう。




