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春爆竹  作者: ゆるゆん。
14/27

小学生にワイン。

『なんで寝てんの?』


ヤスさんが仕事から帰ってきて、起こされる。

泣き疲れた私たちは、いつの間にか眠ってしまっていた。


『ごめんね、寝ちゃった…何時?』


『もう8時だから』

ヤスさんが答える。


『もしかして、飯もなんもない?』

ヤスさん、ちょっぴり怒ってる。


『ごめん… すぐ、なんか作るね』

私がキッチンへ降りようとすると、

私たちの目が明らかに、赤く腫れていることや、萌の頬の涙の痕に気づいたのか、


『しょうがねぇなあ!!虎奈さんとこでも、行くかぁ?』

と、ヤスさんの提案。


やった!私は萌を振り返る。

泣きはらした目の萌も、

『パフェ食べたい』と、笑った。

ヤスさん最高!

私はグァテマラとブルーマウンテンのいつものブレンドを飲もう。

そしてハンバーグが食べたい。

あの、ころころと太った、丸いやつ。

そうと決まったら、いきなりワクワクしてきた。

しかも、明日は土曜日だ。


部屋中に金色の小さな粒が弾ける。そのまわりは虹色のベールのようなのがフワフワと漂っている。


『支度しな』

ヤスさんの声で、私たちはそれぞれに上着を羽織って、靴を履いた。



虎奈さんのお店は、うちから歩いて10分程のところにある。

そろそろ閉店時間の厨房からは、もう片付けの音が聞こえてきた。


『ごめんなさい虎奈さん、こんな時間に!』

私が笑うと、虎奈さんはキョトンとした。

そうだった、私は萌だった。


すかさず、萌母さんが

『虎奈さん、まだ、大丈夫?』

とフォローしてくれる。萌ってこういうとこ、ちょっとさすが。

『桃ちゃんチが来たから、もう、閉めちゃおう。』

虎奈さんはそう言って表の看板を中にしまった。


私はもちろんハンバーグプレート、食後にコーヒー。萌はカルボナーラ、食後に(本当は食前に食べたい)パフェ。

ヤスさんは一番ボリュームのあるポークソテーのプレートの、ライス大盛。このオシャレなカフェでライス大盛とかどうかと思うけど、虎奈さん公認の大食家なので仕方ない。


『桃ちゃん飲も~ 歩いてきたんでしょう?』

虎奈さんがワインを開けてくれようとしている。

飲みた~い♪♪と思ったが、しまった、萌でした。

萌になって一番辛いこと。それは酒が飲めないこと。

私は決して酒豪じゃないし、萌を産んでからは、めっきり飲めなくなったけど、それでもこんな夏の始まりには、生ビールが恋しくなった。


『飲む飲む♪♪』

返事をしたのは萌だった。


オイッ!酒はダメだろッ!!

…と思ったけど、体は私… しっかり、アルコールに対応できる体だ。


えー?飲めるの?


私は小さな声で、

『萌、やめときな、』

と言うと

『ママさぁ!ズルくない?自分は萌になって好き勝手やったくせに、萌だって、大人ごっこしたいもん!ワイン、飲むからねっ!』

虎奈さんには聞こえないように、私に毒づくと、萌は、フン、とそっぽを向いて、虎奈さんとワインを開けた。

小学生のくせに、勝手に酒を飲む萌。

私の言うことをきかない萌。

虎奈さんとゲラゲラ笑いすぎて、椅子から落ちた萌。

そんな萌が今日は頼もしかった。


ヤスさんも生ビールで上機嫌。


私は1人、熱々のカルボナーラをゆっくり口に運ぶ。萌がほったらかしにした、カルボナーラ。ベーコンがペラペラじゃなくって、しっかり厚切りなところが好き。温泉卵が上に乗っていて、自分で混ぜるやり方も、好き。


食後はすっかり酔った虎奈さんの入れてくれたブレンドを飲みながら、大人たちを少し遠巻きに見ていた。酔っていても、虎奈さんのブレンドは完璧。



なんだか、自分だけが別世界にいるような気分だった。すごく近くにいるのに、ガラスで区切られた向こう側を覗いているような。

映像だけが目に入ってきて、音が少し、遠く、くぐもって聞こえた。


こんなに楽しそうな萌を見ていたら、この夢のような不思議な事件は、やっぱり神様からのプレゼントだと、自然に思えた。

縮こまって、冷たい石ころみたいに固くなっていた萌が、また、笑える為のプレゼント。


空にいるのか、近くで見ているのか、寂しさや苦しみに耐えきれない人間が作り出した偶像なのか。


みんなが神様と呼ぶような、目に見えないなにかからのプレゼント。


それを言っちゃうと、私たちは毎日、キラキラしたなにかを受けとっているんだと思うんだけど…


私はこんなとき、毎日の不思議に想いをはせる。


心臓の不思議、血が流れる仕組み。宇宙の不思議。

その大部分を解明しているつもりでも、

自然が作り出したこの壮大な不思議に、人間はただ、挑み続けてきたにすぎない。

どんなに文明が進んでも、赤ちゃんはお母さんのお腹にしか、宿らない。

空気があるから、虹もできる。

青空だって超常現象なのだ。


目を瞑ると、心は宇宙まで、広がっていく。


どんどん空高く広がると、小さなひび割れや、刺さっていた棘も、見えなくなる。


大気圏も彗星のように抜けて、真っ暗な宇宙を漂いながら、11歳の私は眠ってしまった。



ガラスの向こうから聞こえてくる、萌や、ヤスさんの笑い声が耳に心地よかった。


弓張り月は、もうずいぶん高く登って、ささやかな光で私たちの小さな夜を見守ってくれていた。



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