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春爆竹  作者: ゆるゆん。
13/27

藍色の空、弓張り月

ドアの向こうで、萌が泣いている。



『ママの…』

萌が涙と一緒に、声を絞り出す。



『ママの嘘つき!』


『萌…』

私は、ドアにへばりついて、でも、それ以上の言葉が出てこない。


それとは対照的に、萌の口からは、ダムが崩壊したように、萌の心の中に溜まっていた、どす黒い、鋭利な言葉が溢れ出す。


『ママは、萌より玲央が大事なんでしょ!?』

『玲央が心配なんだよね!萌より!!』


そんな訳ない、違う。

絶対違う。


でも、ここ最近、玲央の心配ばかりしていたのは事実で、言い返すことができなかった。

そのことが萌を傷つけるとまで、考えが及ばなかった。

萌の笑顔に、安心しきって、甘えていたのだった。


『萌…玲央に、いじめられてたんだよ!?ずっとずっと、いじめられてたんだよ!?だから彩芽にも、無視されるようになったし、クラスのみんなから、外されてたんだよ!ずっと1人でいたんだよ?ママ、何にも、わかってくれてないっ!』

萌が息つく間もないくらいに、まくしたてる。


『毎日毎日、靴に手紙…死ねとか、キモイとか書いた手紙!入ってたしっ!靴っ!一回トイレに捨てられて!でもママに言えないからっ!萌1人で学校の水道で洗ったんだからね!?汚い靴っ!みんなから、ジロジロ見られて恥ずかしかったっ!いっつも!!恥ずかしくてっ!!』


『絶対萌の味方なんて、嘘つきっ!!』

萌、違う!口を開こうとするが、それより速い萌の言葉が止まらない。


『それにっ!萌のマイメロの巾着!無くなったでしょ!?ママそれも気付いてないよねっ!?バカじゃないの!?なんも、萌のこと、見てないじゃん!!放課後、玲央が、みんなを集めて、順番に、蹴ったり!踏んだり、させたんだよ!彩芽も、苺も、愛梨も、珠理も、桜も真央も朋夏も仁子もっ!みんなに踏まれて…詩織なんか喜んで…掃除用具入れからゴミいっぱいついたほうき持ってきて、巾着ぐいぐいやって…そしたら玲央とか美雨、超笑ってて…』


踏み絵かよ。


涙で、萌の言葉が詰まる。

私も、憤りと涙で苦しかった。



『あと…』

萌は、鼻声で、それでも続けた。

『萌が、机に落書きされた時… 放課後男子たちが、残ってキレイに拭いてくれたみたいで…

そしたら、次の日から男好きって言われるようになって…』

鼻をすする音がする。


『萌が、男子の前では、態度違うとか、男子ばっかり見てるとかっ、調子乗ってんじゃねーよとか、玲央たちが、言って…』


『男好きなんだから、男子トイレに入れって押されたり、女子トイレに入れてもらえなくて…』


『それでいつも、体育館とこの、トイレまでこっそり行ってて』


『給食のご飯に、“ふりかけ”って…消しゴムのカス、かけられたし…』


萌は、途切れ途切れに、泣きながら、記憶を辿るようにして、一つ一つ、話した。

私は、止めなかった。

ただ黙って、最後まで、聞こうと思った。


しかし、話は、黙って聞けない展開になってきた。


『でも、ママは、こんなにこんなに萌がやられてても、玲央の味方だもんね』


!!!!!


『違うって萌!ママは…』

『ママは玲央が好きなんだよね!』

萌が私の言葉にかぶせてくる。


『人の話、聞きなって!!!』

私は怒鳴った。


『ママは、萌の代わりに学校に行って、すぐに、いじめられてるって気づいたよ?この1ヶ月、クラスの女子と、闘ってきた。特に、玲央とね。でもママは、ただ意地悪をやり返しただけじゃ、何も解決しないと思ったの。もちろん、最初はムカついて、玲央を蹴って鼻血出させたりね、香音の髪つかんでさ、廊下の壁にガンってやったりね、したけどさ。

だんだん、わかってきたの。

彩芽とか苺とかはね、ただ玲央が怖くて、言いなりになってるだけだって。萌も、彩芽のこと、嫌いになってないよね?戻りたいよね?だからママは、このクラスの空気を変える鍵は、やっぱり玲央だって思ったんだ。

そう思い始めた頃、コンビニで玲央を見たの。

萌にも話したでしょう?

玲央ね、虐待、されてたみたい。虐待、わかるよね?ママね、その後、何度か見たの、玲央ね、青たん、できてた。男の人に、殴られたり、してたみたいなんだよね。火傷もしてたよ。タバコ…ヤスさんも吸うでしょ?あれを腕にジュッて、やられてたんだよ。』


萌はドアの向こうで黙っている。


『玲央はね、お母さんが看護士さんで、泊まりの日も多いんだって。そういう日は、お酒を飲んで暴力を振るうその男と、2人きりで家にいなきゃいけないでしょう?殴られても、ひどいこと言われても、誰も助けてくれないの。どこにも逃げられないんだよ。それがどんなに怖いことか、わかる?お母さんも、それを知ってて、でも、逆らえなかったのかな。ママには、玲央のお母さんの気持ちは分からないけど、玲央が、ずっと辛かったのは、事実だと思うんだ。』



『萌だって辛かった』

萌が呟く。


『うん。萌も、辛かったよね。ずっとずっと、1人でよく頑張ったよね。』


ドアの向こうで、また萌が、しゃくりあげて泣いた。抱きしめて思い切り泣かせてあげたいけど、鍵は閉まったままだった。


『玲央はね、きっと、ずっと、ひどいことをいっぱいいっぱいされて、嫌な気持ちになって、悲しくて、悔しくって… そういう辛いことが多すぎて、楽しいことや嬉しいことよりも、苦しいことばっかりになっちゃて、少しずつね、心が壊れていっちゃったんだと思うんだ。そういうの、萌も、少し、わかる?』


『わかる…。でも、萌、家では、大丈夫だった。ママと、パパといる時は、大丈夫だったから…』


『でも、だからって……』

萌は、納得できない、と言いたいのだろう。

当然だ。


『もちろん。ママだって、玲央は辛かったから、いじめをしたことも、仕方ないとか、許せるとか、絶対に思わない。』


『でも、玲央の気持ちが穏やかになって、クラスの空気が元に戻ったら、また萌も学校で楽しく過ごせるかなって思ったんだよね。前みたいにさ。つまり、ママがこの1ヶ月してきたことは、結局は全て、萌の為ってこと。玲央を助けることは、萌を助けることになるって信じてた。』


『ママが大切なのは、玲央じゃない。萌だよ。萌が宝物だよ。萌はずいぶん大きくなったけど、ママのは気持ちは、萌が赤ちゃんの頃から、なんにも変わってない。これからも、変わらないからね?でも…ずっと萌の気持ちわかんないで、傷つけてて、ごめんなさい』


萌がやっと、鍵を開けた。


『やっと顔見れたよ~』

私は笑って、萌を抱きしめた。

萌はまだしゃくりあげて泣いている。


『萌…ごめんね?』

萌の背中をゆっくりと撫でながら、もう一度謝った。

『いいよ』

萌が涙まじりに応える。

この、“いいよ”の言い方が、小さい頃を思い出させる。


小さい頃のように萌を膝に抱いて、私たちは、2人で、しばらく、泣いた。


知らないうちに空は太陽にしばしの別れを告げて、弓張り月が、高く登ろうとしていた。

灯りをつけないままの家は、深い藍色に染まっていった。

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