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星渡る揺り籠 ―辺境星域開拓記―  作者: ハノン
第一章 宇宙漂流編

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第09話 - 不可解な処理

 ポッドが収められるシリンダーの外装にはメーカーのロゴが刻印され、その下には‶廃棄予定・開封厳禁〟と記された赤い警告ラベルが貼り付けられていた。


 単機能型バイオロイドたちは一言も発することなく、決められた手順に従ってシリンダーを持ち上げ、搬送台へ載せていく。


 その規則正しい足音と、コンベアの低い駆動音だけが、広大な空間を満たしていた。


『んー! 終わりましたー!』


 その時、不意にベルの明るい声が耳元で弾けた。


『ふいー、いやー、欲張って色々入れすぎましたね! 思いのほか関連知識の紐づけに手間取りました。……おや、艦長さん。おはようございます。お目覚めの気分はいかがですか?』


 私は端末の上に浮かび上がったベルのホログラムへ視線を向けた。


「まあまあだ。しかし……随分と無茶をしてくれたらしいじゃないか」


 頭の混乱はほとんど収まっていた。だが、今も脳の奥に鈍い疲労が残り、完全には覚醒し切っていないような感覚がある。


『まあまあ、そう怒らないでくださいって! これでも一生懸命お手伝いしたんですよ。まさか、あれほど関連情報があるとは思わなかったんです。でも、おかげで今後は色々なことが、かなりスムーズに進むと思いますよ?』


 ベルは悪びれる様子もなく、満面の笑みを浮かべた。


 冷え切ったドッキングベイの中で、その明るい声だけが一筋の温もりをもたらしているように感じられる。


 もっとも、その向こう側では、クレイが端末を手にしたまま冷ややかな視線を向けていた。


 ベルは気づいているのか、いないのか。あるいは、気づいた上で無視しているのかもしれない。


「……まあ、いい」


 小さく溜息をつきながら、ベルを労うように答える。確かに、彼女の情報処理がなければ、これほどの知識を短期間で得ることは不可能だった。


『でも、艦長さん……』


 ベルが不意に声を潜めた。


『なんというか……少し雰囲気が変わりましたねぇ。前より落ち着いたというか、妙に貫禄が出たというか。転写した記憶から、人格へ影響でも受けたんですかね?』


 ……人格への影響?


 一瞬、問い詰めようかと思ったが、ベルが一体何を転写したのかを知ることで増える心労と、今の平穏を天秤にかけ、聞かなかったことにした。


「……そうか?」


『そうですよぉ。なんというか、前よりも艦長さんらしくなった気がします』


「それは褒めているのか?」


『もちろんですとも』


 ベルは胸を張るような仕草を見せた後、ふと周囲へ視線を巡らせた。


『ところで、ここはどこです? 随分と荒れ果てていますけど……おや? このバイオロイドたちは何をしてるんです?』


「事故で放棄された輸送艦の積み荷だ。処理施設へ運ばれる予定だったらしいが、事故で作業が中断された。今は再起動の準備を進めているが……少し気になるな」


 型式情報にも、保存状態にも問題はない。耐用年数も残っているように見える。それなのに、なぜ廃棄される必要があったのか。


『どうしてです? 再起動にも問題はなさそうですけど』


「そうなんだが……何かが引っかかる」


 金属の箱が整然と並び、その中に閉じ込められた無数の人影が、薄い霜の向こうにぼんやりと浮かんでいる。


「何体か研究区画へ運んでくれ。コアプログラムを解析したい」


 ベルは一瞬きょとんとした後、すぐに理解したように笑みを浮かべた。


『了解しました! 管理官さーん! 艦長さんからのご指示ですよー!』


 ベルの軽快な声がドッキングベイへ響く。少し離れた場所で作業を指揮していたクレイがこちらを振り返り、無言で頷いた。


 本当に、このまま起動してよいのか。氷の彫刻のように動かない無数の顔が、閉ざされた瞼の奥からこちらを見返しているような錯覚が、どうしても拭えなかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 トラムリフトの扉が閉まり、医療センターへ向けてゆっくりと動き出す。


 節電のため照明の大半は落とされ、薄暗い車内で冷たい金属の壁が鈍く光を反射していた。


 低いモーター音だけが耳に届き、艦内の静寂が一層際立って感じられる。ドッキングベイに残したクレイは、今も搬送作業を粛々と進めているはずだ。


 彼らを再起動できれば、艦の修復作業は飛躍的に進展する。船体の解体、部品の製造、補助エンジンの修復。今の私たちには手が回らない作業の多くを、彼らなら担えるだろう。


『よく考えると、艦長さんの仰る通り、少し変ですね』


 不意にベルの声が響く。視界の端に、透き通るような光の輪郭が、ベルの姿を描き出されていた。


「……何がだ?」


 私は窓の外を見たまま、淡々と返す。眼下には、工業区画の巨大な空間が広がっていた。


 稼働試験のために一時的に動かしている製造ラインの明かりが、闇の中に弱々しく浮かんでいる。


 かつての活気を思わせるには、あまりにも頼りない光だった。


『あのバイオロイドたちですよ。まだ稼働年数がかなり残っています。普通なら、あと十年以上は現役で動けるはずの子たちが、どうして廃棄処理に回されていたんでしょう?』


 私は無言でベルへ目を向ける。彼女はふよふよと漂いながら、私の周囲をゆっくりと回っている。


「その辺りの記録は残っていないのか?」


『いやー、どうにも基幹データベースに欠落があるようで……やはり廃船処理の際に削除されていますねぇ』


「あえて削除する必要のない情報のはずだが」


 一般的なバイオロイドの耐用年数は、およそ四十年。あの個体たちには、まだ十分な稼働期間が残されている。


「初期化処理と廃棄処理の違いは分かるか?」


『えっと……初期化処理は、生体脳に蓄積された記憶を全てリセットして、出荷時の状態へ戻す処理。廃棄処理は……バイオロイドを解体して、資源を回収する処理ですね』


「つまり、廃棄は再稼働の可能性を完全に断つ処理だ」


 ドッキングベイで確認した型式番号を思い出す。


 D-4300シリーズ。


 長期稼働を前提とした産業用モデルで、自己意識の肥大化を抑えるための自己診断・抑制機能まで備えている。


「ベル、あの個体たちに、生体脳の損傷や異常は報告されていたか?」


『残っている記録にはありませんね。生体脳の異常ログも、初期化エラーも無しです』


「なら、廃棄する理由がない。自己診断プロトコルが正常なら、初期化すら必要なかったはずだ」


『自己診断でも抑えられない問題が起きたんでしょうか。廃棄なら、生体脳ごと処分できますし。そうすれば、自我の問題も物理的に解決できます』


「……物理的に解決したというわけか」


 自己診断機能でも抑えきれないほどの何かが発生したのか。あるいは、表向きの記録には残せない事情があったのか。


「ベル、廃棄処理に回された個体のログを調べてくれ。抑制プログラムのエラー、記憶の肥大化、異常行動の兆候――何でもいい。廃棄対象となった理由を探ってほしい」


『わっかりました! すぐに調べますね!』


 ベルの目の前に、無数のデータパネルが浮かび上がる。稼働ログ、動作履歴、整備記録。膨大な情報が縦横無尽に流れ始めた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 トラムリフトを降りると、そこは医療区画の一角に設けられた研究エリアだった。


 目の前に伸びる廊下は、他の区画とは一線を画すほど無機質だった。


 壁面を覆う金属パネルが冷たく硬質な光を反射し、明滅する警告灯と、時折響く低い電子音が、通常の医療施設とは異なる空気を作り出している。


『ここって、不気味な雰囲気で嫌なんですよねぇ』


 投影されたベルが、私の隣を漂う。声は軽快だが、その言葉には僅かな嫌悪が混じっていた。


 この区画はバイオハザード対策のため低温に保たれているらしく、冷気が漂うたびに肩口がひやりとする。


「未知物質や病原菌、それにバイオロイドまで扱う研究区画らしい」


 一歩進むごとに、足元の金属床が冷たく響く。私たちが向かう先は、バイオロイド分析室だ。


 生体脳の初期化や、長期稼働によって生じた不具合の検査、廃棄処理前のデータ抽出などが行われていたと記録にあった。


 クレイからは既に、検体となる三体の搬送を完了したとの連絡が入っている。


『結局、調べた限りでは、抑制プログラムの異常も、記憶の肥大化も、異常行動の兆候もありませんでしたねぇ』


「……そうか」


『思考領域への負荷も許容範囲内。定期的なメンテナンスも、きっちり受けていたみたいですよ?』


 ベルは肩をすくめるように、ホログラムの手をひらひらと振った。


『廃棄処理対象に指定された理由が全く分かりませんね』


「……だから調べるんだろう」


 ベルが首を傾げ、にやりと笑う。


『もしかして、艦長さんの勘違いだったりして? ほら、最近記憶がごちゃごちゃしてるでしょう? その違和感も、ただの思い込みとか』


「……うるさい」


『はいはい。艦長さんって、考え込むと無口になりますよねぇ』


 記憶を混乱させた張本人の声を聞き流し、私は分厚い扉の前で足を止めた。


「さて……」


 端末へ手をかざし、生体認証を通す。電子音とともに扉が左右へ滑り、刺すような冷気が流れ出してきた。肌に触れた空気は鋭く、まるで冷凍庫の中へ足を踏み入れたようだった。


 室内は白く無機質な光に満たされ、壁一面に並ぶコンソールを青白く照らしている。


『摂氏マイナス八度ですか……冷えますねぇ』


 ベルの透き通った輪郭が、寒々しい照明の中で淡く揺らめいた。部屋の奥には、分厚い強化ガラスで隔てられた作業室が広がっている。


 ガラスの向こうには白い霧が漂い、一部に亀裂の走った箇所から冷気が漏れ出していた。


 その中で、搬送されたD-4300シリーズの三体が、冷却ポッドへ収容されたまま作業用アームに固定されている。


 手前のコンソールには、状態を示すデータが絶え間なく流れていた。


『ふむふむ。作業室と制御室は二重構造ですね。向こうではバイオロイドの解体や解析、生体脳からの情報抽出を行い、操作はこちらの端末から遠隔で行うようです』


 ベルがホログラムを変形させ、矢印でコンソールを示す。操作パネルへ手を触れると、作業室の照明が一つずつ点灯していった。


 白い光の中に、三体の姿が浮かび上がる。


 滑らかな人工皮膚。強化された骨格と関節。長期の重労働を前提に配置された人工筋肉と、反応速度を高める特殊センサー。


 汎用型の個体とは、明らかに構造が異なっていた。


「長期稼働を前提に設計されたモデルだけあって、骨格も関節もかなり頑丈だ」


 ガラスの向こうへ視線を向ける。冷たい人工皮膚と、閉ざされた瞳。宙に吊られたその姿は標本のようでありながら、微かな生命の気配だけを残している。


 私は小さく息を吐き、視線を逸らす。その先で、もう一つの冷却ポッドが目に入った。コンソールの左端に表示されたそのポッドだけ、他の三体とは異なる情報を示している。


「……これは?」


 生体脳からの情報抽出処理が記録されていた。中の個体は既に解体され、生体脳を収めた脳殻だけが残されている。画面には、脳機能の解析結果と、それに対する所見が連続して表示されていた。


「この個体は、ずっとここにあったのか?」


【D-4300-CRS-9901】


「メインエンジン崩壊事故の際に解析された個体か。既に機能は停止しているようだが……」


『艦長さん、見てください!』


 ベルの声が跳ね上がった。


『この生体脳の解析データを保存していた独立サーバーに、廃船処理で削除されたはずの情報が残っています! 担当者も、こちらのサーバーまでは処理し切れなかったようですね』


 ベルが記録を呼び出す。そこには、事故の概要に関するデータが残されていた。

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