第08話 - 残された者達
トラムリフトが金属の擦れる音を響かせながら減速し、停止した。
警告音に続き、巨大なゲートが軋みを上げて開いていく。長年閉ざされていたためか、その動きは滑らかさを欠き、引っかかるたびに歪な振動が車内へ伝わってきた。
ゲートが開き切ると、トラムリフトは再び駆動音を響かせて進み始める。窓の外には、無機質で荒涼とした工業区の風景が広がっていた。
「ここが工業区か……」
気密の甘い車体の隙間から吹き込む風が頬を撫で、錆びた金属と焦げた油の匂いが鼻を刺す。
眼下には、巨大な鋼材が無造作に積み上げられている。
かつては船団の様々な用途に使われるはずだったのだろう。今では錆びた鉄くずの山と化し、元の形すら判別できない物も多い。
「寂しい景色だな……」
作業区画を仕切る扉が、巨大な空間に整然と並んでいる。かつては物資が絶え間なく出入りし、大勢の作業員が行き交っていたのだろう。
今は、そのほとんどが半開きのまま止まり、内部の機械や設備は埃を被って眠っていた。
「ここは、艦内の設備や部品を製造する中心地でした」
背後からクレイの声が聞こえる。
「しかし、現状はご覧の通りです。設備は停止しており、修理や整備も行われないまま放置されています」
重力制御が復旧したためか、床には壊れた部品や工具が散乱していた。空調に巻き上げられた粉塵が、照明の中で緩やかに渦を巻いている。
「工業区は再稼働できそうか?」
クレイは端末を操作し、各設備の状態を確認していく。
画面には無数のエラー表示が並んでいたが、その中にいくつか、起動可能を示す表示が混じっていた。
「幾つかの加工施設は起動可能です。ただし、電力供給には限りがありますので、全施設を同時に稼働させることはできません」
「工程ごとに順番に動かすしかないか。必要な製造工程は一通り賄えるのか?」
「はい。稼働率は低下しますが、最低限必要な施設は使用可能です」
効率はともかく、部品を製造する手段は残されている。やがてトラムリフトは長大な隔壁を潜り、加工施設の奥にある組立区画へ入った。
ここでは、ドローンや各種作業機械が製造されていたらしい。
天井からは無数の作業用アームが垂れ下がり、中途半端に取り付けられた部品を掴んだまま静止している。
床には半完成の機械やドローンが散乱し、薄暗い照明が汚れた金属の表面を鈍く照らしていた。
大型の修復用ロボットフレームや、資材運搬用の無人機も見える。いずれも未完成のまま放置され、製造ラインは完全に停止していた。
「様々な用途の自律駆動機械を製造していた区画です。解体や補修に用いる機材の一部も、ここで生産されます」
クレイの端末には、かつて製造されていた機械の設計図や稼働記録が表示されていた。
「稼働できるラインを確認してくれ。それと、完成品や完成間近の在庫が残っていないかも調べてほしい。いずれ必要になる」
「かしこまりました」
クレイが手早く端末を操作する。
「作業用ドローンの組立ライン、運搬機械の製造ライン、部品供給用のコンベアシステムが稼働可能です」
「完成品の在庫は?」
「最終検査前の機体が、若干残されているようです」
「まずは、それらの稼働試験からだ。問題がなければ、区画の解体と施設の復旧へ投入しよう」
「はい、マスター。各機体の稼働率を確認し、復旧計画へ組み込みます」
「発電能力を確保できれば、ここも本格的に動かせるな」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
工業区を抜けたトラムリフトは、再び薄暗い通路へ戻った。錆と機械油の匂いが、まだ鼻の奥にこびりついている。
隣では、クレイが無言で端末を操作していた。次の目的地であるドッキングベイまでの経路や、安全状況を確認しているのだろう。
そこには、復旧計画に必要な人員が、冷たいコンテナの中で眠り続けているはずだった。
やがてトラムリフトが停止し、扉がゆっくりと開いた。
その瞬間、空気の温度が一気に下がる。車内に残っていた僅かな温もりが、吸い取られるように消えていった。
目の前には、かつて無数の艦艇が往来し、物資の積み下ろしが行われていた広大な空間が広がっている。
「マスター、到着しました」
私はリフトを降り、周囲を見渡した。天井は高く、視界の先が霞むほど広い。足音さえ、この空間の中では小さく頼りなく響いた。
天井付近の照明が薄暗く空間を照らし、所々で明滅を繰り返している。そのたびに、床へ伸びた影が不規則に揺れ動いた。
「……亡霊でも出そうだな」
かつては連絡艇や貨物船が並び、荷役用クレーンが休むことなく稼働していたはずだ。だが、今では艦船は一隻も残されていない。
三つの発着場は完全に空となり、床には船体を固定していた金具だけが、意味を失ったまま等間隔に並んでいた。
私は四番目の発着場へ視線を向ける。
そこには、小型輸送艦が無惨な姿で横たわっていた。
船体は不自然に傾き、制御を失ったまま突入したかのように、デッキの一部へ深く食い込んでいる。
衝突によって外殻は大きく歪み、幾つもの亀裂が走っていた。周囲には破損した機器や船体の残骸が散乱している。
足元で、砕けた破片が硬質な音を立てて転がった。
剥き出しになった内部からはケーブルやひしゃげた隔壁が垂れ下がり、先端が風に揺れるたび、壁面へ触れて小さな火花を散らしている。
「これは……」
報告書に簡潔に記されていた事故の光景が、現実のものとして目の前に広がっていた。
「この輸送艦は、退艦作業中にスラスターの故障を起こし、操縦不能に陥ったようです」
クレイは端末を確認しながら続ける。
「復旧作業も計画されていましたが、廃船処理による人員不足で遅延し、最終的には放棄されました。積載予定だったコンテナも、回収されていません」
私は輸送艦の周囲へ目を向けた。大小様々なコンテナが、山のように積み重なっている。
事故によって運搬作業を中断され、そのまま九百年もの間、ここへ取り残されていたのだ。
「これだ……」
そのうちの一つへ近づき、冷たい金属の表面へ手を触れる。
「クレイ、内容物を確認してくれ」
「かしこまりました」
クレイが端末を操作する。数秒後、表示された情報を確認した彼女が答えた。
「間違いありません。これらのコンテナには、自律思考型バイオロイドが保管されています」
声はいつもと変わらず平静だった。だが、端末を支える指先に、僅かに力が込められているように見えた。
船体の解体、部品の製造、補助エンジンの修復。それらを進めるには、私とクレイだけでは到底足りない。
単純作業用の汎用型バイオロイドは存在するが、複雑な判断や精密作業を担えるほど高度な生体脳を持ってはいない。
必要なのは、艦内作業の経験と専門技能を持つ、自律思考型の個体だった。
私はコンテナ群を見上げた。
一つひとつの金属製の箱の中で、復旧に必要な人員が、長い時の流れから切り離されたまま眠っている。
「まずは、コンテナの状態を確認しよう。事故の衝撃が内部にまで及んでいれば、計画そのものを見直す必要がある」
「かしこまりました」
クレイがスキャナーを起動する。青白い光が、コンテナの表面を這うように何度も往復した。
やがて、クレイの声が静寂を破る。
「複数のコンテナに外装の損傷が確認されました。しかし、内部のバイオロイドとコアシステムに異常はありません。再起動は可能と判断します」
私は詰めていた息を吐き出した。
「よし。再起動の準備を進めよう」
クレイが端末を操作すると、コンテナのロックが解除された。低く重い金属音とともに、扉がゆっくりと開いていく。
隙間から冷気が溢れ、白い霧となって足元へ広がった。その奥には、特殊な養液で満たされた保存シリンダーが整然と並んでいた。
内部で眠るのは、無数のバイオロイドたち。
冷却保存された彼らは、氷の彫刻のように動きを止めたまま、閉じた瞼の奥へ静寂を湛えている。
淡い照明を受けた養液が僅かに揺れるたび、眠り続ける身体の輪郭も静かに揺らいだ。
「これが……自律思考型のバイオロイドたちか」
顔立ちは一体ごとに異なり、まるで実在した誰かを写し取ったかのような生々しさがある。
眠る表情はいずれも穏やかで、長い眠りへ入る直前の安らぎを、そのまま閉じ込めたようだった。
「クレイ、単機能型バイオロイドを手配してくれ。一体残らず運び出し、起動準備に取りかかる」
「かしこまりました、マスター」
クレイは即座に作業指示を送る。私は冷気の中に並ぶバイオロイドたちを見つめながら、ゆっくりと息を吸い込んだ。
この船を再び動かすための人員が、ようやく目の前に揃ったのだ。




