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星渡る揺り籠 ―辺境星域開拓記―  作者: ハノン
第一章 宇宙漂流編

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第07話 - 解決の糸口

「……この状況を打破するには、艦の設備を何とか稼働させるしかないな。それで、何かいい案はあるか?」


 クレイは頷き、端末を操作する。次の瞬間、目の前に映し出されたのは、一枚の計画書だった。それは、まだメインエンジンが稼働していた時期に立案された「補助エンジン復旧計画」だった。計画書の隅には赤字で「不採用」との注釈が記されている。


「これは?」


「艦令第3424号、補助エンジン復旧計画です。当時の首席技官が提出したものでしたが、資源残量の不安とメインエンジンの健在を理由に却下されました」


 計画書の細部を見ながら、私は頷いた。必要な部品、製造ラインの稼働計画、加工のための電力消費量――全てが詳細に記されているが、これを実行に移すには現状のリソースでは不足していた。


「ふむ……しかし、なるほど。これなら……行けるかもしれないな」


 私は自身の中に植え付けられた情報を元に、試算をする。


 端末のおかげか、ナノマシンの恩恵か、必要となる計算や思考にかける時間が少なくなっていた。それはまるで、自分が人間ではない何かになったような気分だった。


 クレイは自身に与えられた命令を全うするため、数少ない余剰リソースを全体の保全のために使っていた。それは、余剰リソースを薄く広く散らす、何とか現状を維持するためだけの施策だった。


 これらの分散したリソースを集中させて、余剰を生み出す。


 私は示された復旧計画案を展開すると、そこに様々な指示を書き込んでいく。指先が端末の表面を滑るたびに、計画書の各項目が組み替えられ、赤い注釈の文字が一つ、また一つと消えていった。


 出来上がった計画書を確かめ、クレイへと視線を向ける。


「これでいいだろう。確認してくれ」


「確認いたします。マスター」


 私は復旧計画案をクレイの端末に転送する。彼女はすぐにその内容を確認したのか、静かに頷いた。


「マスターのプランを実行しますと、船体の維持に使用している光子キャパシタが六十七パーセント削減されます。いくつかの設備の再稼働に目途が立ち、復旧計画の難易度は実行可能なレベルまで低下します」


「よし、行けそうだな。復旧計画を進めよう。可能な部分から順次実行してくれ」


 クレイは静かに一礼した。


「かしこまりました、作業を開始します」


 その言葉には、確かな力強さが宿っていた。だが、その直後、クレイは一瞬だけ言葉を詰まらせる。


「しかし……余剰エネルギーの再分配と設備の再稼働は問題ありませんが、復旧作業を実行する人員は依然不足しております」


 無重力下でのモジュールの入れ替え。解体した部品の再利用、そして新たな部品の製造。単純作業を行う汎用型のバイオロイドたちはいるが、彼らには高度な判断能力は備わっていない。


「その点については――心当たりがある」


 そう言って、私はクレイに向き直り、端末のホログラムを操作する。


 次の瞬間、船底に広がる巨大空間が映し出された。それは、艦載艇や自律駆動の作業機械が並ぶ〝ドッキングベイ〟だった。


「人員は……ここにいるはずだ」


 クレイの目が、わずかに見開かれるのを、私は見逃さなかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 人員の所在を確認するため、私はクレイと共に艦長室を後にし、トラムリフトのあるターミナルへと向かって歩き出した。


 艦内の広大な空間を効率的に移動するために設置されたトラムリフト――本来であれば、それはこの巨大な艦の中を迅速に行き来するための重要な交通手段だ。


 しかし、現状ではその利便性も完全に失われている。


「これまでの電力事情では、トラムリフトを動かすことすら不可能だったな」


 歩きながら、私はぽつりと呟く。


 医療区画から艦長室までの長い道のりを徒歩で移動せざるを得なかったのも、リフトが稼働できないほどの電力不足が原因だった。


「はい。しかし現在は、不要区画への電力供給を全面的に遮断することで、部分的にトラムリフトを稼働可能にしています」


 クレイの言葉に振り返ると、彼女は冷静な表情のまま端末を操作している。


 端末上には艦内の電力分配マップが浮かび上がり、赤く表示された不要区画が広範囲にわたって示されていた。


 その一方で、青く光る箇所は稼働が許可された区画であり、そこが限定的に電力供給されていることが見て取れる。


「幹線トラムは依然として稼働できませんが、各区画を繋ぐ支線トラムは稼働できました」


 クレイはそう言いながら、ひときわ大きなターミナルに設置された支線トラムの扉を開く。無機質な金属音が響き、薄暗い車内が露わになった。


 私たちはその中に足を踏み入れ、椅子に腰掛ける。シートの背もたれに体を預けると、硬質な感触が背中越しに伝わってきた。


 クレイが行き先を入力すると、扉が重々しく閉まり、車両全体がかすかに振動する。


 金属同士が擦れ合う甲高い音が響き、トラムリフトはゆっくりと動き出した。次第に加速し、金属製の壁の間を滑るように進んでいく。


 視界の端には、艦内の無数の配管やダクトが流れるように過ぎ去っていった。時折差し込む非常灯の赤い光が、車内の壁を一瞬だけ染めては消えていく。


「農業区か……どんな場所なんだ?」


 リフトのわずかな揺れを感じながら、私はクレイに問いかけた。与えられた知識の中に農業区の存在はあるが、実際に足を踏み入れたことはない。


「私も直接の担当ではありませんでしたので、詳細情報は持ち合わせておりませんが……」


 その時、トラムリフトが速度を落とし始めた。


 次第に減速し、車体全体がわずかに揺れる。やがてトラムは広大な農業区のエントランスへとたどり着いた。ここを抜ければ次は工業区だ。


 足を踏み出した私たちの目の前には、静寂と乾いた大地が広がっていた。


「ここが農業区か……」


 目の前に広がる空間は、艦内とは思えないほど巨大だった。


 天井は遥か高く、人の目では全貌を捉えきれないほどの広さがある。日照を補うべく取り付けられた照明は落ちたままとなっている。


 しかし、非常灯の淡い光が月明かりのように、起伏のある大地をぼんやりと照らしていた。


 人工的に造成された丘陵。ゆるやかに蛇行する川跡。乾き切った湖底。規則正しく植えられていたであろう林帯。遠方には岩場まで再現されており、地球の自然環境を切り取って艦内へ持ち込んだような景色が広がっている。


 しかし、その全てが完全に静止していた。


 土はひび割れ、草木は枯れ、樹木は葉を失い、枝だけを空へ伸ばしている。水を失った河川には細かな亀裂が走り、かつて魚が泳いでいたであろう水辺は乾いた砂地へ変わっていた。


 視線を巡らせると、朽ちた給餌設備や倒れた柵、動物用のシェルターらしき建造物が各所に残されている。


「この区画では、複数の家畜が飼育されていました。その他にも受粉用昆虫、小型哺乳類、土壌微生物まで含め、狭くはありますが、一つの生態系としての機能が維持されていました」


 クレイは端末を見ながら淡々と説明する。


「農業区は酸素生成、二酸化炭素固定、水循環、廃棄物処理、生物多様性の維持までを一体化し、艦全体を半永久的に維持する基盤となるように設計されています」


 その言葉に、私は改めてこの艦の規模を実感した。クレイドルは生態系そのものを、小さく切り取って持ち運んでいたのだ。


 それが失われるというのは計り知れない損失であるように感じた。


「……それは、大変な損失なんじゃないか?」


 たまらず漏れたその言葉に、クレイは淡々と答えた。


「いえ、完全に失われた、というわけではありません」


 クレイに促されるように奥へ進むと、その景色は大きく変わった。巨大な隔壁の向こうには、白を基調とした無機質な施設が広がっている。


 気密扉が幾重にも並び、壁面には温度や湿度、窒素濃度を示す表示が静かに点灯していた。


「こちらは遺伝資源保存区画です」


 厚いガラス越しには、無数の保存ラックが整然と並んでいる。


 一つ一つの棚には植物の種子、苗条培養された組織、花粉、胞子、さらには受精卵や凍結保存された細胞までが分類され、人類が持ち込んだ膨大な生物資源が眠っていた。


「地球やそれ以外の地球型惑星由来の主要農作物はもちろん、絶滅危惧種や希少植物の遺伝情報が保存されています。家畜につきましても、受精卵、精子、DNA情報を含め、再生可能な状態で管理されています」


「つまり……」


「はい。十分な資源を得て、設備の復旧ができれば、この艦だけで人類にとって最適な生態系を再構築することも可能です」


 私は思わず保存庫を見渡した。この静かな部屋には、数十億年という生命の歴史が眠っている。そう考えると、小型シリンダーの並ぶ眼前の光景が、まったく別の物に見えてくる。


「電力喪失により、農業区の維持システムの大半は停止しています。しかし、この保存区画は最優先で維持されています」


 クレイは静かに続けた。


「十分な電力と設備さえ確保できれば、先ほどご覧いただいた農業区も、復元することができます」


 私はもう一度、ガラス越しに並ぶシリンダーへ目を向けた。ここに眠っているのは、ただの種子や細胞ではない。人類が長い年月をかけて育み、守り続けてきた命そのものだった。


 静まり返った艦内にあって、この小さな部屋だけは、確かな未来を抱いているように思えた。


 遺伝資源保存区画を抜けると、今度は整然と人工的な栽培設備が並んだ栽培区画へと出た。


 自然の放牧エリアとは異なり、人工的に制御されたこの空間では、少数の自動栽培システムが稼働し、高密度に配置された栽培棚に作物が並んでいる。青白い光源が、その葉を照らしていた。


「一部の自動栽培システムが、電力を供給することで稼働を再開しています。耐久性の高い穀物や豆類の栽培を優先的に行っており、今しばらくの時間は必要ですが、いずれ収穫が可能になります」


「もう復旧したのか、まだ電力の配分操作しただけだろう。いったい、いつメンテナンスを?」


「こちらの部屋は農業区において遺伝資源保存区画と並ぶ最優先保護区画となりますので、施設の維持は継続しておりました」


「なるほど、再稼働のための整備が続けられていたのか」


 目の前では、青白い光に照らされた作物の葉がわずかに揺れている。


 その下では、規則正しく並べられた培養土の中に、若い芽が顔を覗かせていた。生命の存在を示すその小さな緑は、この殺風景な艦内において、ひどく鮮烈な色に見える。


「現状では電力が限られているため、このエリア全体を稼働させることはできません。しかし、より多くの電力が確保されれば、栽培範囲を広げることができます」


 私は目の前の栽培区を見渡し、腕を組んで考え込んだ。


 この小さなエリアに残された希望をどう維持するか、それが今後の鍵だ。主に私の精神的なストレス軽減のために。


「いや、現状では私一人分の食料だ。最低限で良い。補助エンジンの修復が最優先だな」


「承知しました」


 クレイの手が示す先には、次のトラムターミナルへの扉がある。


 工業区画を経由して、ドッキングベイへと向かうトラムリフトの一つだ。


 私は農業区で動き続ける栽培システムの灯を背に、再びクレイの後を追って歩き始めた。

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